文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

滝口悠生『ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス』

滝口悠生

ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス』 新潮文庫

 

滝口悠生の『ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス』を読了しました。滝口氏が芥川賞を受賞する前年に発表した作品で、著作としては三冊目にあたるのが本書です。まさに「体験」という他はない「ジミ・ヘン」の音楽をモチーフにして、若者の青春の日々と当てのない旅の様子、そしてそれらを回想する現在の様子とが、時制を変えながらフラッシュバックのように描かれていきます。

 

くっきりした情景が目に浮かぶ冒頭の場面から、円環的に回帰する最後の場面まで、鮮やかな印象が残る作品です。著者の他の作品も読んでみたいと感じさせられました。

 

【満足度】★★★★☆

カルヴィーノ『まっぷたつの子爵』

カルヴィーノ 川島英昭訳

『まっぷたつの子爵』 岩波文庫

 

カルヴィーノ(1923-1985)の『まっぷたつの子爵』を読了しました。本書は戦後のイタリアを代表する作家のひとりであるカルヴィーノが比較的初期に発表した作品です。戦中・戦後のイタリアを代表する文学運動であり、カルヴィーノ自身も深い影響を受けたといわれている「ネオリアリズモ」の手法とは一見したところ対極的に見える寓話性を備えた作風で、カルヴィーノが彼独自の文学路線を歩むきっかけになった作品であるとも言えるかもしれません。

 

舞台は18世紀のトルコ対オーストリア戦争に始まり、その戦地でトルコ軍の大砲によって文字通り「まっぷたつ」になってしまったメダルド子爵は、半身の姿で故郷に現れて残忍な悪行を行うのですが、やがてもう半身の方も現れてこちらは慈悲の心で村人に善行を施していきます。この物語はメダルド子爵の甥である「ぼく」の視点から語られるのですが、その少年の目を通した世相こそがカルヴィーノが描きたかったものなのかもしれません。本書の末尾で少年の青春時代の終わりが語られているのが印象的です。

 

【満足度】★★★☆☆

閻連科『年月日』

閻連科 谷川毅

『年月日』 白水社

 

閻連科(1958-)の『年月日』を読了しました。フランツ・カフカ賞の受賞者であり、現代中国で最も注目を集める作家の一人である閻連科ですが、本書『年月日』は論争を呼ぶ数々の問題作とは少し毛色が違っていて、日照りの村に生きる老農夫と老犬を主人公にした寓話的物語です。

 

寓話的な装いをまとってはいるものの、生への執着が孕む緊張とある種の矛盾が力強く描かれていて、王道的な文学作品になっています。

 

【満足度】★★★☆☆

J・L・ボルヘス『詩という仕事について』

J・L・ボルヘス 鼓直

『詩という仕事について』 岩波文庫

 

J・L・ボルヘス(1899-1986)の『詩という仕事について』を読了しました。本書はアルゼンチン出身の作家・ボルヘスが1967年から68年にかけてハーバード大学で行った詩学講義の記録です。古今の文学・詩人に関する言及を通じて、詩や物語の本質を語るボルヘスの言葉も興味深いのですが、講義の最後ではスピノザを題材にした自身のソネットの朗読が行われて、ボルヘス自身による実作が織り込まれるという贅沢な講義となっています。

 

【満足度】★★★☆☆

スティーヴン・キング『ゴールデンボーイ』

スティーヴン・キング 浅倉久志

ゴールデンボーイ』 新潮文庫

 

スティーヴン・キング(1947-)の『ゴールデンボーイ』を読了しました。『スタンド・バイ・ミー』との二分冊で出版された“Different Seasons”の「春夏編」に当たる作品で、「刑務所のリタ・ヘイワース」と表題作の「ゴールデンボーイ」が収録されています。

 

前者は映画「ショーシャンクの空に」の原作で、中篇という位置づけの作品ながらも読み応えのある一作になっています。キングのストーリーテリングのうまさはさすがというか、感動的な結末までの筆の運びにただ驚かされます。「ゴールデンボーイ」はナチの戦犯である老人と少年との間に築かれる歪な共生関係を描いた作品で、この気持ち悪さもキングの持ち味なのだと思います。

 

【満足度】★★★☆☆

クッツェー『鉄の時代』

クッツェー くぼたのぞみ訳

『鉄の時代』 河出書房新社

 

クッツェー(1940-)の『鉄の時代』を読了しました。池澤夏樹氏による個人編集の「世界文学全集」の一冊ですが、最近になって文庫化されたようです。その前に本書を購入した私は、タイミング的にどこか損をした気分になってしまうのですが、最近の文庫本の価格の高さを思うと、実際のところはコストパフォーマンスの面でそれほど損をしているわけではないのかもしれません。

 

本書は南アフリカを舞台に反アパルトヘイトの時代を描いたクッツェーの作品です。初老の女性がアメリカで暮らす娘に宛てて書く遺書のかたちで、その「鉄の時代」の黒人のあり方と、それと同時に白人のあり方が描かれています。キーワードとして浮かび上がってくるのは「恥」であり、その恥の意識に仮託された屈折した思いの様相こそが、クッツェー南アフリカの現実に向き合うときの一つの鍵になっているように感じられました。

 

【満足度】★★★★☆

ジョージ・ソーンダーズ『十二月の十日』

ジョージ・ソーンダーズ 岸本佐知子

『十二月の十日』 河出書房新社

 

ジョージ・ソーンダーズ(1958-)の『十二月の十日』を読了しました。2017年のブッカー賞受賞作である『リンカーンとさまよえる霊魂たち』に続く、ソーンダーズ二冊目の読書となります。『リンカーンとさまよえる霊魂たち』が長編作品であったのに対して、本書は短編集です。何となく消化不良気味だった前回の読書でしたが、今回はどのような感じになるか、期待しすぎることなく読み進めました。

 

訳者あとがきによるとソーンダーズは「作家志望の若者にもっとも文体を真似される作家」らしいのですが、たしかに翻訳でも伝わる独特の文体にまずは目を引かれます。霊魂たちの会話からなる前作とは異なるこの文体が、独特のリズムとユーモアを生みながら、社会の中心ではなくマージナルな部分でもがいている本書の登場人物たちの姿に不思議とマッチしています。戦地からの帰還兵の姿を描く「ホーム」が印象に残りました。まだ私はこの作家の真髄というものに触れている気がしないのですが。

 

【満足度】★★★☆☆