文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

ウラジーミル・ソローキン『氷』

ウラジーミル・ソローキン 松下隆志訳

『氷』 河出書房新社

 

ウラジーミル・ソローキン(1955-)の『氷』を読了しました。本書は現代ロシア作家のソローキンが2002年に刊行した作品で、続いて発表されることになる『ブロの道』、そして『23000』とともに三部作を成す作品です。どうやら、物語の時系列的には本書は三部作の中では二番目に当たるようですが、まずは刊行順に本書『氷』を読み進めることにしました。

 

氷のハンマーを胸に振り下ろして「真の名」を聞き取るという、奇妙なカルト集団の姿を描いた本作ですが、正直なところ、その設定の奇抜さ以上の見るべきものを、私は本書の中に見て取ることができなかったというのが正直な感想です。とはいえ、訳者によるあとがきでモニターによる感想文に例えられた第三部など、なかなか読ませるテクニックを持つ作家だということも同時に感じさせられました。どうしても細部の面白さしか評価できない点は、以前に『青い脂』を読んだときの感想と同じなのですが。

 

どうせなら三部作はすべて読み切りたいとは思うのですが、そこまで手が伸びるかどうか…

 

【満足度】★★★☆☆

ダレル・P・ロウボトム『確率』

ダレル・P・ロウボトム 佐竹祐介訳

『確率』 岩波書店

 

ダレル・P・ロウボトムの『確率』を読了しました。岩波書店から刊行された「現代哲学のキーコンセプト」シリーズの一冊です。「確率」=“Proability”を巡る議論が見通しよく整理された良書です。

 

本書では、確率は頻度なのか主観なのかという対立軸を「世界ベースの見解」と「情報ベースの見解」という独自の表現で区分けしてみせながら、確率の論理的解釈、主観的解釈、客観的ベイズ主義、頻度説、傾向性解釈といった様々な確率解釈が紹介されています。間主観的な確率について触れられていることもポイントの一つです。確率を巡る誤謬やパラドックスの紹介、また確率の公理やベイズの定理なども付録として入った、確率の哲学に関するコンパクトな教科書になっています。

 

【満足度】★★★★☆

サローヤン『ヒューマン・コメディ』

サローヤン 小川敏子訳

『ヒューマン・コメディ』 光文社古典新訳文庫

 

サローヤン(1908-1981)の『ヒューマン・コメディ』を読了しました。アルメニア人移民の2世として生まれたサローヤンが1943年に発表した長編作品が本書『ヒューマン・コメディ』です。『僕の名はアラム』の3年後に発表された本書は、電報配達人として働く14歳のホーマーを主人公に、家族、職場、学校、そして地域の人々との暖かな、時にほろ苦い交流が描かれます。

 

予定調和的な部分もあるものの、一つひとつのシーン描写が丁寧なのがサローヤン作品の魅力です。戦争と死を巡る電報配達のドラマチックさもさることながら、教育に自身の信念を傾けるヒックス先生の矜持など、メインストーリーからサブストーリにいたるまで読みどころ満載です。

 

【満足度】★★★★☆

シーグリッド・ヌーネス『友だち』

シーグリッド・ヌーネス 村松潔訳

『友だち』 新潮社

 

シーグリッド・ヌーネス(1951-)の『友だち』を読了しました。ニューヨーク生まれで書評誌の編集アシスタントを務めた後、作家になったという彼女の小説作品7作目が本書とのこと。全米図書賞の受賞作品です。自殺した友人を思いながら、彼が残したグレートデン犬との暮らす中で、書くことと文学を巡る考察が綴られていきます。

 

きっちりとした小説作品の構造を持ちながらも、エッセイとも自叙伝ともつかぬ語り口で展開される本書の読み心地は、最近のアメリカ文学の流行とでもいうべきものを思い出させてくれます。何となく期待(というよりは予想)していたものとは違っていたのですが、面白く読むことはできました。

 

【満足度】★★★★☆

小河原誠編『批判と挑戦―ポパー哲学の継承と発展にむけて』

小河原誠編

『批判と挑戦―ポパー哲学の継承と発展にむけて』 未来社

 

小河原誠の『批判と挑戦―ポパー哲学の継承と発展にむけて』を読了しました。科学という営みの輪郭を特徴付けるために「反証主義」を唱えた哲学者ポパーの受容史と、ポパーに対する批判への反批判などからなる論文集です。たしかに科学哲学の歴史を語る上で、ポパーはともすれば「噛ませ犬」としての扱いを受けてきたような気がするのですが、そのことに対する根深い怨嗟のようなものが感じられる一冊でした。

 

【満足度】★★★☆☆

プラトン『国家』

プラトン 藤沢令夫訳

『国家』 岩波文庫

 

プラトン(BC427-BC347)の『国家』を読了しました。言わずとしれた古代の哲学者プラトンの著した対話篇です。文庫本上下巻で本文が900ページ超という長さのほぼ全編が、ソクラテスアテナイの人々とによる対話形式で描かれています。「正義とは何か」を主題として始まったソクラテスとの対話は、やがて理想国家をロゴスによって構築するという前代未聞の試みへと収斂していくことになります。

 

プラトンが理想とし(そして現実には挫折を味わうこととなったといわれる)哲人政治の構想については高校の授業で図式的に学んだことを覚えていますが、こうして対話篇のかたちでその議論を追ってみることで、当時の静的学びとは違った生き生きとした理解の感覚を得ることができたように思います。奥行きを持った哲学史上の古典です。

 

【満足度】★★★★☆

ヘルマン・ヘッセ『ガラス球遊戯』

ヘルマン・ヘッセ 井出賁夫訳

『ガラス球遊戯』 角川文庫

 

ヘルマン・ヘッセ(1877-1962)の『ガラス球遊戯』を読了しました。本書はヘッセがノーベル文学賞を受賞する契機となったといわれている作品のようで、1943年に発表されたものです。『荒野のおおかみ』が1927年の作品で、『知と愛』が1930年の作品ですから、それら比較的後期の作品よりも10年以上も後に刊行された、ヘッセ晩年の作品に当たります。

 

原題の“Das Glasperlenspiel”を直訳した「ガラス球遊戯」とは、つまるところは文字通りガラス球を使った遊戯(ゲーム)のことなのですが、音楽から派生したと言われるその遊戯は、いわばピュタゴラスの時代から連綿と続く数や音楽への純粋な憧憬が結晶化した究極の芸術行為として、作中においてまさに「それ自身として価値を持つもの」として人々によって受容されています。作中の近未来の世界にあって、カスターリエンと呼ばれる教団(芸術団体でありながら一定の行政的権力も持っているかのようです)の頂点に立つのは、マギステル・ルーディーと呼ばれるガラス球遊戯の指導者。本書はそのマギステル・ルーディーとなるべく運命付けられた人物、ヨーゼフ・クネヒトの伝記と遺稿という体裁を取った作品で、ヘッセの芸術観と社会観が余すことなく展開されています。

 

非常に読み応えのある小説でした。一筋縄ではいかないところが、この小説の核を成していて、それゆえに読者を惹き付けるのだと思います。

 

【満足度】★★★★☆