文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

『エドマンド・ウィルソン批評集2 文学』

中村紘一・佐々木徹・若島正

エドマンド・ウィルソン批評集2 文学』 みすず書房

 

エドマンド・ウィルソン批評集2 文学』を読了しました。本書に収録された「ヘンリー・ジェイムズの曖昧性」は、ヘンリー・ジェイムズの『ねじの回転』を対象として家庭教師が見る幽霊はすべて幻覚だったというフロイト流の解釈を示してみせる論考です。さらに、ジェイムズのその他の作品群を縦横無尽に取り上げながら論じ上げてみせるウィルソンの力業を堪能できる批評です。

 

ロシア語を母語とするナボコフプーシキン翻訳を取り上げて批判するなど、怖いもの知らずのウィルソンですが、ナボコフの『アーダ』は最後まで読み通すことができなかったというコメントには少し親近感を覚えるのでした。

 

【満足度】★★★☆☆

パスカル『パンセ』

パスカル 塩川徹也訳

『パンセ』 岩波文庫

 

パスカル(1623-1662)の『パンセ』を読了しました。以前に私が『パンセ』を読んだのは中公文庫の訳で、たしかブランシュヴィック版をもとにした翻訳だったと思います。未完の著作というよりは後世の人間が集積した「断片」に過ぎない本書は、その全貌を捉えることに困難が伴う著作です。本書は訳者の師でもあるフランスのパスカル研究者・メナールが編集中の『パンセ』のいわば「露払い」を務めるものだと、訳者自身によって言明されているのですが、いずれにしても書誌の面に深く立ち入るには敷居が高い書物です。

 

結果的にラフュマ版に近い配列となったといわれる本書ですが、私が以前に読んだ『パンセ』とはまったくその装いが異なり、本書が「キリスト教護教論」のために書かれた断片の集積であることが如実に示されているように感じられました。本書は上・中・下の三巻に分かれて刊行されているのですが、下巻には『パンセ』アンソロジーと題して、有名なフレーズや比較的まとまった断章を分かりやすい章立てで配列した編集版が収録されています。何とも不思議な書物だとあらためて思います。

 

【満足度】★★★☆☆

児玉聡『功利主義入門―はじめての倫理学』

児玉聡

功利主義入門―はじめての倫理学』 ちくま新書

 

児玉聡の『功利主義入門―はじめての倫理学』を読了しました。功利主義を主軸に据えた倫理学の入門書です。功利主義への偏見に満ちた非難は一種のわら人形攻撃であるとして、著者はバランスの取れた功利主義の見取り図を描こうと試みています。義務論や徳倫理学については、また別の書で学びたいと思います。

 

【満足度】★★★☆☆

J・アップダイク『帰ってきたウサギ』

J・アップダイク 井上謙治

『帰ってきたウサギ』 新潮社

 

J・アップダイク(1932-2009)の『帰ってきたウサギ』を読了しました。高校時代はバスケットボールの花形選手だった「ウサギ」ことハリー・アングストロームは、前作『走れウサギ』から10歳年をとって36歳になっており、現在は父親と同じ職場で印刷工として働いています。ベトナム戦争や人類初めての月面着陸など激動の時代を背景にして、私たちはハリーの姿を通じて、60年代のアメリカの個人史を知ることができます。

 

前作で無計画で無軌道な家出を繰り返したハリーですが、本作では妻のジャニスの方が同じ職場のギリシャ人と浮気して家を留守にすることになります。残されたハリーといえば、間男としての立場に何となく甘んじたまま、職場の同僚である黒人に連れ出されたバーで知り合った家出娘ジルを連れ帰ったり、そこに押しかけてきた若く虚無的な黒人男性スキーターを唯々諾々と受け入れたり、相変わらずの受け身な無軌道ぶりを発揮します。

 

ハリーの息子であるネルソンを巻き込むかたちで形作られたこのある種のコミューンは、必然的に物語終盤で崩壊へと至ってしまうわけですが、そこで訪れた悲劇を前にしても、ハリーの淡々とした態度は変わらないように見えます。

 

「あなたは、世の中を、人間的なものを、本当に動かしているのはそんなものじゃないと思っているんでしょ」

「なにか他のものがあるはずなんだ」

 

このハリーの自分自身との距離の取り方は、一体どこから来るものなのか、今の私にはよく解りません。ハリー・アングストロームという人物を描いた、極めてリアルで実存的なこれらの小説作品群を読み終わるときに、そこで私はどのような感想を抱くのでしょうか。

 

【満足度】★★★★☆

横山秀夫『ノースライト』

横山秀夫

ノースライト』 新潮社

 

横山秀夫の『ノースライト』を読了しました。2012年に発表された『64』も久しぶりの作品となりましたが、今年発表された本作もそれから実に9年ぶりの作品となります。もっとも本作は2004年から2006年に一度雑誌連載されていた作品で、今回の単行本の刊行にあたって全面的な改稿がなされているようです。

 

一級建築士を主人公として、ある一家の失踪をめぐる物語を主軸にしつつ、主人公と別れた妻と娘、バブル崩壊後に苦汁をなめた建築士たちの生き様がサイドストーリーとして描かれています。池井戸潤さんの小説を読んでいても感じることですが、私の年齢になってくると否応なく熱い「お仕事小説」に共感を覚えてしまいます。とりわけ、横山秀夫さんのプロットや表現の練り方は妥協を許さないところがあって、読者の気持ちを盛り上げるためのあらゆる努力が費やされている様を作品の中に感じ取ることができます。すっかり寝る間を惜しんで読みふけってしまいました。

 

【満足度】★★★★★

『エドマンド・ウィルソン批評集1 社会・文明』

中村紘一・佐々木徹訳

エドマンド・ウィルソン批評集1 社会・文明』みすず書房

 

エドマンド・ウィルソン批評集1 社会・文明』を読了しました。エドマンド・ウィルソン(1895-1972)は20世紀を代表するアメリカの文芸批評家です。本作はジャーナリストの視点から、当時の社会・文明について述べられた論集を年代順に並べたものです。実際のところは、批評集の二巻目である『文学』のヘンリー・ジェイムズ論が読みたくて古本屋で買い求めたものなのですが、せっかくなら一巻目である本書の社会・文明論も読んでおきたいと思って、二冊ともを購入した次第です。

 

1920年代から1960年代にかけての論集が収録された本書ですが、その話題は政治・社会的なトピックスから「アメリカ合衆国」という国を取り上げての文明論まで、幅広いジャンルが取り扱われています。スケールの大きな批評家で、その全貌を論じることはとてもできない相談なのですが、今回の読書ではその一端に触れたということで良しと考えたいと思います。

 

【満足度】★★★☆☆

トルストイ『人生論』

トルストイ 中村融

『人生論』 岩波文庫

 

トルストイ(1828-1910)の『人生論』を読了しました。本書は、トルストイがある出版社の記者をしていたという女性から送られてきた手紙に返書するかたちで書き始められたものだといいます。1886年に書かれたということで、いわゆるトルストイの「回心」以後の作品になります。

 

論文調で書かれているからなのか、小説作品よりは説教臭さが薄まっているような気がしたのですが、「理性的意識」を大上段に据えた物言いに反発を覚える人も多いのだろうなというのが率直な印象です。とはいえ、人間の知識が誤った方向へと向かってしまう原因を分析するトルストイの論述は、ひとつの知識論を展開していると言えないこともなく、そうした意味で興味深く読むことができました。その分析に感心したかどうかは、それとは別の話になるのですが。

 

【満足度】★★★☆☆