ジャック・ロンドン 白石佑光訳
『白い牙』 新潮文庫
ジャック・ロンドン(1876-1916)の『白い牙』を読了しました。ホワイト・ファングと呼ばれるオオカミの姿を描いた「動物小説」です。乾いた文体は野生の血が知らせる「掟」の存在をうまく描けていると思うのですが、少し物足りなさも感じてしまうのはなぜなのでしょうか。自然の掟の方が、人間社会が産み出す軋轢や矛盾よりも原始的だとは限らないのでしょうが。
【満足度】★★★☆☆
ジュリー・オオツカ 岩本正恵 小竹由美子 訳
『屋根裏の仏さま』 新潮社
ジュリー・オオツカの『屋根裏の仏さま』を読了しました。一人称複数の「わたしたち」の語りが独特で、そこから醸し出される「ひとつの声」の存在が、歴史や物語を紡ぐための装置として、ぴったりとはまっているという印象です。時折混じる個々の語りもやがては「わたしたち」という一つのうねりの中に取り込まれて、何とも不思議な感覚が残りました。
【満足度】★★★☆☆
ヴァージニア・ウルフ 川本静子訳
『壁のしみ 短編集』 みすず書房
ヴァージニア・ウルフ(1882-1941)の『壁のしみ』を読了しました。「ヴァージニア・ウルフ コレクション」を読むのは本書で四冊目になります。15の短編が収録されており、それらが発表年代順に(1917年から1944年)並べられています。
壁のしみから連想を膨らませていく表題作は、意識の自由さをそのままに繋ぎ合わせてひとつの芸術作品に仕立て上げようとするウルフの創作技法をよく体現しています。一方で、訳者あとがきにもあるように、本書の中にはいわゆる伝統的なプロットづくりの手法に則って書かれたと思われる作品もあって、そうした意味で本書は彼女の作品世界を知るための良い入門編になっているような気がしました。
【満足度】★★★☆☆
J・M・G・ル・クレジオ 望月芳郎訳
『大洪水』 河出文庫
J・M・G・ル・クレジオ(1940-)の『大洪水』を読了しました。本書は彼のデビュー作である『調書』以前い書き始められたと言われる初期の長編作品です。「初めに雲があった」という言葉から始まるプロローグと末尾のエピローグを挟んで、主人公の青年ベッソンの13日間にわたる彷徨の様が全13章の構成で描かれます。
女友達(でしょうか)がテープレコーダーに吹き込んだ、バラ色の錠剤を飲むことで自殺をほのめかす独白を聞くことから始まったベッソンの冒険は「太陽にむかって眼を開き、二度と閉じようとしなかった」ことによる失明へと行き着くのですが、そこに至るまでにベッソンがくぐり抜けたモノや情報の“大洪水”は、現代に生きる私たちにとって、本書が書かれた当時(1966年)にも増して、より身近な身体感覚として受け取ることができるものであるように思います。そして、先にも述べた「初めに雲があった」という冒頭からの圧倒的な描写は、“情景をこのように描き切ることができるものなのか”と、久しぶりに文章というものの力に瞠目させられるものでした。比類なき才能に、たちまち魅了されてしまう、という経験でした。
引き続き、ル・クレジオの作品を読み継いでいきたいと思います。
【満足度】★★★★★
ミランダ・ジュライ 岸本佐知子訳 ブリジット・サイアー 写真
『あなたを選んでくれるもの』 新潮社
ミランダ・ジュライの『あなたを選んでくれるもの』を読了しました。アメリカのパフォーマンスアーティスト・映画監督・作家であるジュライが初小説集『いちばんここに似合う人』に続いて発表した散文作品が本書で、それはフォト・ドキュメンタリー、インタビュー集というべきものでした。
フリーペーパーに売買広告を出す人々に電話をかけ、インタビューをし、写真に撮るという過程と、ジュライの行き詰った映画製作とがシンクロするかたちで理想的な大団円を迎えるという本書の結末は、ドキュメンタリーとして“でき過ぎ”の感も否めないのですが、そうしたリアルなものの持つパワーをうまく作品に昇華させる手並みは、さすがというほかありません。(どうでもいい話ではありますが)インタビュー対象者に作品掲載の許可を取っているのかどうかという点がいささか気になってしまいましたが。
【満足度】★★★★☆