文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

ロバート・A・ハインライン『輪廻の蛇』

ロバート・A・ハインライン 矢野徹・他訳

『輪廻の蛇』 ハヤカワ文庫

 

ロバート・A・ハインライン(1907-1988)の『輪廻の蛇』を読了しました。アメリカのSF作家・ハインラインの短編集です。原書の表題作は、本作とは異なり「ジョナサン・ホーグ氏の不愉快な職業」であり、同作は本書の半分以上を占める中篇作品です。日本では「輪廻の蛇」が表題作になっているのは、その受容史に由来があるのでしょうか。

 

「輪廻の蛇」はお互いに足を食べあう蛇の姿をアナロジカルなシンボルとして、タイムリープに伴うパラドクスが描かれます。ただし、そこで描かれているものは、そのシンボルからイメージされる二対の蛇よりも一歩先に進んで、いわば「三位一体」とでも言うべきものになっています。ハインライン作品はいくつかしか読んだことがないのですが、SFらしいSFという印象です。

 

【満足度】★★★☆☆

バルガス=リョサ『密林の語り部』

バルガス=リョサ 西村英一郎訳

『密林の語り部』 岩波文庫

 

バルガス=リョサ(1936-)の『密林の語り部』を読了しました。本書が発表されたのは1987年のことで、大統領選に出馬する1990年の少し前ということになります。第二作『緑の家』でも描かれたアマゾンの未開部族の中に分け入って「語り部」となった男の姿を、本書の語り手である私が回想するという物語なのですが、そのなかで物語ることの本質についての考察がなされます。

 

コンパクトにまとまった作品で、バルガス=リョサの成熟を感じさせられますが、いくぶん物足りなさも残るのでした。

 

【満足度】★★★☆☆

フィリップ・ロス『背信の日々』

フィリップ・ロス 宮本陽吉訳

背信の日々』 集英社

 

フィリップ・ロス(1933-2018)の『背信の日々』を読了しました。本書は作家であるネイサン・ザッカーマンを主人公(といってよいのか分かりませんが)とする作品群のひとつで、原題は“The Counterlife”です。英語の辞書を引くと“a life other than the one actually lived.”と説明されていますが、ありうべきもう一つの人生といったところでしょうか。本書ではネイサンの弟ヘンリーのありうべき二つの人生が章を変えながら描かれていて、そこにはアメリカという国で生きるユダヤ人の二律背反が透けて見えます。

 

同じユダヤ系の作家であるポール・オースターが(ほとんど)そうした来歴を感じさせない作風であるのに対して、ロスの著した本作はユダヤ人であるということを強く意識した作品です。

 

【満足度】★★★★☆

青木淳悟『匿名芸術家』

青木淳悟

『匿名芸術家』 講談社

 

青木淳悟の『匿名芸術家』を読了しました。「四十日と四十夜のメルヘン」で新潮新人賞を受賞してデビューした青木氏ですが、本作はその前日譚というか創作秘話のようなものを、いつもの如く奇妙な小説仕立てで描いてみせた作品です。小説を書くことを志す私(田中南・女性)と画家志望の彼とのやり取りや、時折変な方向に脱線していく情景描写などを挟みながら、匿名時代の芸術家の日常が描かれています。

 

本書の後半には私(田中南)が書いた「四十日と四十夜のメルヘン」が収録されていて、それはかつて私が新潮文庫で読んだ青木淳悟作の同作品とは細部が微妙に異なっているようです。作者のデビュー作はひとつの創作活動として本書において相対化されています。

 

【満足度】★★★☆☆

スティーブン・キング『スタンド・バイ・ミー』

スティーブン・キング 山田順子

スタンド・バイ・ミー』 新潮文庫

 

スティーブン・キング(1947-)の『スタンド・バイ・ミー』を読了しました。“Different Seasons”と題された(ホラーではない)4篇の中編小説からなる作品集としてアメリカで刊行された原著は、日本においては二分冊のかたちで翻訳・刊行されることになり、その一冊目にあたるのが本書『スタンド・バイ・ミー』です。「ホラーではない」というキングの強調にもかかわらず、本書には「恐怖の四季 秋冬編」という副題が付せられていますが、「スタンド・バイ・ミー」という表題作からして、原題は“The Body(死体)”であり、翻訳にあたっての飛躍が生じています。ひとえに本作を原作とした映画の存在と、その主題歌として流れたB・E・キングの歌う「スタンド・バイ・ミー」が素晴らしかったということなのでしょうが。

 

たしか高校時代に読んで以来、久しぶりに読み返してみたのですが、あらためていい作品・青春小説だと思わされます。私は表題作を4人の少年の物語として捉えていたのですが、本書はあくまでも2人の少年の物語であると感じさせられました。

 

【満足度】★★★★☆

村上春樹『カンガルー日和』

村上春樹

カンガルー日和』 講談社文庫

 

村上春樹の『カンガルー日和』を読了しました。初めて読んだのは高校生のときだったでしょうか、そのときには「図書館奇譚」や「あしか祭り」のような寓話性を含んだ作品が印象に残りましたが、今読み返してみると「駄目になった王国」のような作品に心を惹かれます。歳を重ねるというのはこういうことなのかもしれませんが、それでも高校生のときの私は「おそらく将来の私はこの作品を読んで何かしらの感慨を覚えるのだろう」という予感を持っていたような気もしていて、読書(や人間の記憶)というのは不思議なものだとあらためて思わされます。

 

【満足度】★★★☆☆

コーマック・マッカーシー『平原の町』

コーマック・マッカーシー 黒原敏行訳

『平原の町』 ハヤカワ文庫

 

コーマック・マッカーシー(1933-)の『平原の町』を読了しました。『すべての美しい馬』、『越境』に続く「国境三部作」の完結編とでもいうべき作品です。主人公は第一作『すべての美しい馬』に登場したジョン・グレイディ・コール、そしてその脇を固める友人として第二作『越境』の主人公であるビリー・パーハムです。

 

本書は、ジョン・グレイディが年若いメキシコ人の娼婦を見初めて、運命的な恋愛へと身を投じていくといういわば恋愛劇なのですが、相変わらずのクールな文体で情感をコントロールしながら、必然的に悲劇的である結末へと向かって物語はひたひたと進んでいきます。そして第二作で越境のたびにすべてを失ったビリーは、本書においてもいわば静かな観察者として、その物語の行く末を見届ける役割を果たします。本書は三部作の最後を飾るものとして、打たれなければならないピリオドとして、書かれた物語なのだと感じられました。

 

【満足度】★★★☆☆