文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

ホッブズ『リヴァイアサン』

ホッブズ 水田洋訳

リヴァイアサン』 岩波文庫

 

ホッブズ(1588-1679)の『リヴァイアサン』を読了しました。イギリスの哲学者トマス・ホッブズが著した政治哲学の古典です。「人間について」、「コモン-ウェルスについて」、「キリスト教のコモン-ウェルスについて」、「暗黒の王国」という四部から成る大著で、国家・共同体≒コモン-ウェルスの構成員をなすところの人間に関する考察から出発して、市民国家や教会国家の分析へと議論が展開されていきます。有名な「万人の万人に対する闘争」というフレーズは本書には登場しません。

 

【満足度】★★★☆☆

ドリス・レッシング『グランド・マザーズ』

ドリス・レッシング 山本章子訳

『グランド・マザーズ』 集英社文庫

 

ドリス・レッシング(1919-2013)の『グランド・マザーズ』を読了しました。2003年に発表された本書には、表題作のほか「ヴィクトリアの運命」、「最後の賢者」、「愛の結晶」という合計4つの短編作品が収録されています。そのいずれも毛色の違う作風で、楽しむことができました。そしてそのどれもが王道の文学作品であることに驚かされます。この懐の深さというものは、ベテラン作家ならではなのかもしれません。

 

とりわけ寓意的な物語が印象に残る「最後の賢者」を楽しく読むことができました。ストレートすぎるきらいはあるのかもしれませんが、それもレッシング作品の持ち味なのでしょうか。

 

【満足度】★★★☆☆

ジェイムズ・ジョイス『ダブリナーズ』

ジェイムズ・ジョイス 柳瀬尚紀

『ダブリナーズ』 新潮文庫

 

ジェイムズ・ジョイス(1882-1941)の『ダブリナーズ』を読了しました。同じく新潮文庫に収められている『ダブリン市民』を読んだのは、たしか大学生の頃だったと思うのですが、今回はジョイス研究者としても名高い柳瀬氏による『ダブリナーズ』として再読することになりました。訳者逝去のため、『ユリシーズ』の翻訳が完結しなかったことはとても残念なのですが。

 

邦題にも顕れているとおり、響きにこだわる訳者ならではの「声」が印象に残ります。

 

――わ、コンロイさん、と、リリーがゲイブリエルに言い、ドアを開いて招き入れた。お見えれないんじゃないかって、ケイトさんもジューリアさんも言ってました。おじゃましてください、奥さん。(死者たち

 

ダブリナーズたちの市井の声を掬い上げる著者と訳者の丹念な仕事ぶりを味わうことができました。

 

【満足度】★★★☆☆

アンディ・クラーク『生まれながらのサイボーグ』

アンディ・クラーク 呉羽真・久木田水生・西尾香苗訳

『生まれながらのサイボーグ』 春秋社

 

アンディ・クラークの『生まれながらのサイボーグ』を読了しました。サブタイトルは「心・テクノロジー・知能の未来」、心の哲学認知科学の領域で参照されるべき著作ではあるのですが、ここで提示されているユニークな「人間観」の方にこそ、本書の一番の面白さはあるような気がします。

 

【満足度】★★★☆☆

ブッツァーティ『タタール人の砂漠』

ブッツァーティ 脇功

タタール人の砂漠』 岩波文庫

 

ブッツァーティ(1906-1972)の『タタール人の砂漠』を読了しました。短編集『神を見た犬』を読んだときから気になっていた作品なのですが、ようやくブッツァーティの長編作品である本書を手に取ることができました。

 

訳者解説によると、もともとのタイトルは「砦」だったようなのですが、1940年に発表されて「砦」という題名では戦意高揚のための作品であると誤解されることを怖れて、現在のタイトルになったとのこと。読み終えてみるとどこか幻想的で良いタイトルだなと感じるのですが、やはり「砦」の方が作品の雰囲気にはしっくりくる気がします。それはおそらく、この作品がカフカの『城』を連想させるからでしょう。ブッツァーティが「イタリアのカフカ」と呼ばれる所以が解ったような気がします。

 

【満足度】★★★★☆

A・グリーン/G・トマージ・ディ・ランペドゥーサほか『短編コレクションⅡ』

A・グリーン/G・トマージ・ディ・ランペドゥーサほか 岩本和久/小林惺ほか訳

『短編コレクションⅡ』 河出書房新社

 

池澤夏樹氏による個人編集の世界文学全集から『短編コレクションⅡ』を読了しました。本書にはヨーロッパ・北米の作家19人の短編が収録されています。ウエルベックの「ランサローテ島」は既読の作品でした。アレクサンドル・グリーンやヴィトルド・ゴンブローヴィッチなど、これまでまったく触れたことのない作家の作品にも触れることができて有意義な読書となりました。

 

【満足度】★★★☆☆

ジョン・R・サール『MiND 心の哲学』

ジョン・R・サール 山本貴光・吉川浩光訳

『MiND 心の哲学』 ちくま学芸文庫

 

ジョン・R・サールの『MiND 心の哲学』を読了しました。オースティンと共に言語行為論の主導的な論者であったサールですが、人工知能批判やかの有名な中国語の部屋の議論をはじめ、言語哲学の領域から彼にとってはより包括的なテーマである心の哲学へと主戦場を移していきます。2004年に出版された本書の原題は“MiND: A Brief Introduction”で、心の哲学の入門書として書かれたものですが、内容はとても充実しており、それまで心の哲学において論じられてきた主要な概念や主要な立場がサーベイされた後、サール自身の見解が簡潔な表現によって展開されています。

心身二元論でも唯物論でもないところに自身の立場を置くサールですが、彼は自身の立場を「生物学的自然主義」と呼んでいます。自然主義という20世紀後半以降の哲学におけるいわば「王道」ともいえる立場を標榜しながら、還元的な唯物論ではなく「心」が持つ主観的な性質を掬い上げようとするサールの見解は、自身が認めるように「いいとこどり」の主張であり、それが果たしてうまくいっているのかどうかは疑問が残ります。とはいえ本書は、20世紀後半の心の哲学への入門書として、大変優れた書物になっていると思います。

 

【満足度】★★★★☆