文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

パトリック・モディアノ『パリ環状通り』

パトリック・モディアノ 野村圭介訳

『パリ環状通り』 講談社

 

パトリック・モディアノ(1945-)の『パリ環状通り』を読了しました。2014年のノーベル文学賞を受賞したモディアノさんの作品を読むのは初めてのこと。本作は彼のキャリアの中でも初期の作品で、フランスの文学賞のひとつであるアカデミー・フランセーズ賞を受賞した作品とのこと。

 

日本語訳の序文(これは日本語訳向けに書き下ろされた序文なのでしょうか、原著にも存在する序文なのでしょうか、よく解らないですが…)で、作者は自分の作品を以下のように解題している。

 

『パリ環状通り』で、作者は、同世代の多くの若い人々が感じる、『父』の喪失による不安や心配を、語り手の青年と共に生きようと試みた。

 

このあまりにも率直な自己解題を真に受けるかどうかはともかくとして、本書の中で主人公に「あなた」と語りかけられる「父」の姿が、一般に捉えられる父性のヴィジョンとはかけ離れたものであることは誰しも感じるところでしょう。仲間内で冴えない役回りを引き受けてどこか小ばかにされている様子も感じられる「父」は、存在感自体が極めて希薄で、まるで主人公の青年からしか見えていない幽霊のような存在にも思われてきます。

 

幼い頃に他所に預けた主人公を十七歳のときに再び迎えに来た父の姿、いかがわしい商売を共に営みながら中古のタルボでパリの夜を彷徨する親子の姿、そして「ジョルジュ・サンク駅での悲しい出来事」を境に袂を分かつことになる二人の姿。これらはもしかすると、語り手である青年の記憶から曖昧に引き出されただけの幻なのかもしれません。父を追い求める主人公が、再会した父から決して息子として認識されることがないという事実の奇妙さに、主人公自身が意識的になることは決してありません。

 

不思議な読み心地の作品でした。モディアノの他の作品も読んでみたうえでないと、私自身の評価もどう定めていいのか解らないような気がしています。

 

【満足度】★★★☆☆