J・M・クッツェー くぼたのぞみ訳
J・M・クッツェー(1940-)の『ダスクランズ』を読了しました。本作はクッツェーのデビュー作で、1974年に南アフリカのヨハネスブルクにある出版社から世に出ました。日本では1994年にスリーエーネットワーク社から『ダスクランド』という書名で出版されています。本書は2017年に出版された新訳で、岩波文庫の『マイケル・K』の翻訳者でもある、くぼたのぞみさんが訳出しています。
大別すると「ヴェトナム計画」と題された前半部と「ヤコブス・クッツェーの物語」と題された後半部からなる本書ですが、一読した限りではそれらの“繋がりのなさ”に戸惑いを覚えてしまいます(訳者解説によると、クッツェーがまず書いたのは「ヤコブス・クッツェーの物語」であり、後からそこに「ヴェトナム計画」を付け加えて出版されたとのこと)。ヴェトナム戦争の時代に、自ら「神話作成」と称するプロパガンダ作戦のレポートをまとめながら、狂気に憑りつかれていく(あるいははじめから狂気の中に落ち込んでいた)男の姿を描いた前半部と、18世紀のアフリカを開拓する白人男性が出会う「野蛮」を描いた後半部は、ストーリー上の繋がりはまったくありません。最初に読んでみて面白かったのは圧倒的に後半部だったのですが。
前半部の主人公のレポートを監視・校正する上司の「クッツェー」と、野蛮への邂逅と復讐を果たす後半部の主人公である「ヤコブス・クッツェー」、そしてその「物語」を編集する「S・J・クッツェー」に、それを翻訳する「J・M・クッツェー」。これらの語る者とそれを相対化する者とのメタ的構造は、前半部と後半部に共通するものだと言えるかもしれません。さらにそれを読む私たちによっても彼らの狂気は相対化されます。本書の冒頭には次のようなセリフが掲げられています。
ぼくの名前はユージン・ドーンだ。それはどうすることもできない。さあ行くぞ。
主要な登場人物(?)のなかで唯一「クッツェー」の名を冠されていない前半部の主人公の名前は「ドーン=夜明け」であり、本書が出版された1974年(既にアメリカ軍が撤退しヴェトナム戦争は終結へと向かっていた時)に本書に触れた読者は、ドーン=夜明けを導きの糸として狂気の歴史を相対化する旅へと赴くというわけでしょうか。
たくらみに満ちた(と思われる)本で、こなれない生硬な感じも受ける作品ではありますが、それでも面白く読むことができました。クッツェーの本はやはり面白いですね。
【満足度】★★★★☆