文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

ジュール・ルナール『にんじん』

ジュール・ルナール 高野優訳

『にんじん』 新潮文庫

 

ジュール・ルナール(1864-1910)の『にんじん』を読了しました。ジュール・ルナールの作品を読むのは初めてのことで、本書についても以前からタイトルは知っていたものの、手に取ることはありませんでした。今回読んでみて少し驚きを覚えたことと、もう少し早くこの本に出合っていたらどのように感じたのだろうかという疑問が頭をよぎりました。

 

タイトルの「にんじん」とは本書の主人公のあだ名なのですが、そのあだ名が自分の家族から付けられたものだということにまず違和感を覚えます。そして最初の挿話「にわとり小屋」のラストで、主人公のお母さんが「明日からは、にんじん、あなたが毎晩、にわとり小屋の扉を閉めにいくことにしましょう」という科白を吐く頃には、その違和感がひとつの像を結びます。本書の物語は客観的には親子間のモラルハラスメントの話であり、主観的には主人公がその日々をどう生き抜いたかというサヴァイヴァルの話です。

 

母親からの精神的虐待を生き抜いた後に手に入れた「最後の言葉」を胸に本書の最後の章である「にんじんのアルバム」を読むと、身につまされるものがあるわけですが、ここにたしかな生命力やしたたかなユーモアを感じることができるからこそ、本書は優れた文学作品になり得ているのだと思いますし、本書が自伝的小説の傑作と呼ばれる所以になっているのだと思います。本書を児童虐待のテキストとして読み解く批評だけでは届かない「余り」の部分。

 

忙しい日々が続いていますが、頭が本を読むモードに切り替わっているのでしょうか、読書のペース自体は落ちないで続いてくれています。高校時代や大学時代に聞いたJAZZを聞き直しながら読書をしていると、不思議とあの頃の気分も蘇ってきます。

 

【満足度】★★★☆☆