文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

フリードリヒ・W・ニーチェ『ツァラトゥストラかく語りき』

フリードリヒ・W・ニーチェ 佐々木中

ツァラトゥストラかく語りき』 河出文庫

 

フリードリヒ・W・ニーチェ(1844-1900)の『ツァラトゥストラかく語りき』を読了しました。本書は海外文学というよりは哲学書の範疇に入れるべき書物。19世紀末に活躍し、20世紀における実存主義の勃興を準備した思想家ニーチェの代表作を一冊挙げるとすれば本書になるでしょう。しかし、『悲劇の誕生』など初期の作品を除いて、彼のほとんどの著作はいわゆる哲学書の様式とはかけ離れたかたちで書かれていて、この『ツァラトゥストラかく語りき』も例外ではありません。

 

ゾロアスター教の開祖の名から取られたというツァラトゥストラを主人公とした寓話的散文と、彼が行う説教という形式をとった多くの箴言からなる本書は、ニーチェの主張する「超人」の思想と、極めて特異な存在論である「永劫回帰」の思想を説くことを目的としています。10年間の隠遁生活をおくっていた山から下りたツァラトゥストラは、下山して最初に訪れた町で民衆に向かって「神は死んだ」と呼びかけますが、この有名なフレーズで表されているキリスト教(的思想の)批判は『善悪の彼岸』などの著作と比べれば影を潜めています。本書で語られるのはむしろ、キリスト教的価値観を乗り越えられるべきものとして認識した後、人間がどこへと向かうべきなのかという壮大な問いであり、そのニーチェ流の答えとしての「超人」であり「永劫回帰」です。

 

高校時代にぼろぼろの机に座って、岩波文庫版の『ツァラトゥストラはこう言った』を必死で読んでいたことを今でも鮮明に覚えています。特に本書の第四部で登場する「最も醜い人間」、「すすんで乞食になった人」、「影」といった、“乗り越えられるべき自己の分身”を次々に論破(?)して、ツァラトゥストラが大いなる正午を目指すという展開はとてもスリリングで、高校生なりの稚拙な理解のもとではあれ、高揚感を覚えたものです。あの頃の思いが私の大学時代を支えていたのだと思います。

 

2015年に出版された新訳である本書は、あの頃と同じ燃えるような思いを私に与えてくれることはありませんでしたが、より冷静な仕方であの当時を振り返るための機会を私にもたらしてくれました。しかし、やはり私にとっては何年たっても岩波文庫の氷上英廣訳がバイブルで、あれを超える読書体験にはなかなか出会えないのです。

 

【満足度】★★★★☆