文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

カズオ・イシグロ『わたしたちが孤児だったころ』

カズオ・イシグロ 入江真佐子

わたしたちが孤児だったころ』 ハヤカワ文庫

 

カズオ・イシグロ(1954-)の『わたしたちが孤児だったころ』を読了しました。本作は2000年に発表されたカズオ・イシグロの長編第五作目です。作品の外形的な特徴が毎作変化するのは彼の小説の特徴で、本書はといえば「探偵小説」の姿を取っています。

 

主人公のクリストファー・バンクスは、中国の上海に設けられた外国人居留区である租界で少年時代を過ごします。日本人の友人であるアキラと友情を育みながら成長するクリストファーですが、突然の両親の失踪により孤児となってしまいます。ロンドンで著名な探偵となったクリストファーは上海に渡り、積年の宿願である両親の失踪事件の調査を開始する…というのが本書の粗筋です。

 

カズオ・イシグロお得意の「記憶」をめぐる主人公の混乱は、本書の冒頭から露骨に現れていて、かつての級友から「ぼくが“コネに恵まれている”ことについて、きみがいつもしつこく訊いていたのを覚えていた」と指摘されたクリストファーは、「彼相手に個人的にこのことを口にしたのは一度だけのはずだ」と述懐します。この信頼できない語り手を前にしては、物語の終盤でクリストファーが遭遇する日本人が果たして幼馴染のアキラなのか、赤の他人にすぎない単なる日本兵なのか、読者には判然としません(そしてそれがとても面白いのですが)。最後に明かされる両親の失踪事件の「真相」は蛇足のように見えてしまうのですが、それは本書のもう一つのテーマ(孤児)が引き受けなければならないもののはずで、私には本作の構造がそれを十分にうまく処理できていないようにも見受けられました。

 

しかしこれだけの長い物語を一気に読ませてしまう筆力はさすがというか、楽しい読書体験でした。

 

【満足度】★★★★☆