文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

トーマス・マン『ブッデンブローク家の人びと』

トーマス・マン 望月市恵訳

『ブッデンブローク家の人びと』 岩波文庫

 

トーマス・マン(1875-1955)の『ブッデンブローク家の人びと』を読了しました。本書はノーベル賞作家でもある文豪トーマス・マンの処女長編作品で1901年に完成しました。私は大学時代に『魔の山』を読んで感動して、それからしばらくして『ブッデンブローク家の人びと』もどこかの出版社(忘れてしまいました)の文学全集で読んだのですが、今回は再読ということになります。

 

北ドイツのリューベックを舞台にしたある商家の没落の歴史を描いた作品です。商家を継いで維持・発展させていこうとする一家の男性ヨハンやトーマスに着目して読んでも面白いですし、不幸な結婚を繰り返しながらも明るさ(というか見栄のようなもの)を失わないトーニの人生にも興味深いものがあります。「ある家族の没落」と副題にもあるように、晴れがましい場面の背景には既に一家の没落の予兆が影を落としているのであり、その衰退の様がマン特有のユーモラスな筆致で描かれていきます。

 

フランスの作家ゾラは、人間の生きざまを遺伝や環境の面から科学的に捉えようとして「自然主義」の名のもとにルーゴン・マッカール叢書を著しましたが、本書にはそのゾラの影響が如実に現れているように思われます。結婚によって外からの「血」を入れようとする試みは、ブッデンブローク一族の場合、少なくとも本書で描かれている時間の中ではほとんどが失敗に終わってしまいます。その最たるものが三代目トーマスとゲルダとの結婚であり、その結果として生まれてきた息子ヨハンは商売ではなく芸術に傾倒する性格に育ち、父トーマスは商会の未来に暗澹たる思いを抱くのでした。

 

「家系」をこのように科学的に描くという営みは、ドイツの伝統的教養小説を図式的に整理された枠組みの中で描いた『魔の山』にも結実するのだと思いますが、そこからはみ出るものがあるからこそ小説は面白いのであって、その逸脱の具合という点でいえば、あらためて本書を再読してみて少し物足りない部分もあるのでした。

 

【満足度】★★★☆☆