文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

ミシェル・ウエルベック『素粒子』

ミシェル・ウエルベック 野崎歓

素粒子』 ちくま文庫

 

ミシェル・ウエルベック(1958-)の『素粒子』を読了しました。ミシェル・ウエルベックはインド洋マダガスカル島の東に位置するフランス領の孤島レユニオンの出身ですが、両親の育児放棄により、6歳のときからパリにある母方の祖母のもとで育てられることになります。1994年に初の小説『闘争領域の拡大』を発表し、その後1998年に発表されたのが本書『素粒子』です。

 

本書はミシェル・ジェルジンスキという分子生物学者の人生を辿りながら――そして彼の異父兄弟であるブリュノ・ジェルジンスキの人生を辿りながら――この世界にひとつの「形而上学的変異」がもたらされるまでの軌跡を描いています。このことは本書冒頭のプロローグでまずもって予告されているのですが、その「形而上学的変異」なるものが具体的には一体いかなる内実を持つものなのかについては、本書末尾のエピローグになるまで明かされることはありません。それまでに読者の多くはそんなことを忘れてしまっているかもしれませんし、そうでなくてもこの言葉を文学作品に特有の大言壮語だと受け止めていたであろうことは想像に難くありません。しかし、本書のエピローグを読んだ読者は、この「形而上学的変異」がこの世界において実際にもたらされたこと、そしてそれがもたらされるべき必然性について、ミシェルとブリュノの送った人生の総体を通して納得させられることになるのです。久しぶりに圧倒される読書体験となりました。ミシェルとアナベルの悲恋や、ブリュノの滑稽で「苦々しい」性遍歴のすべてを収束させるこの結末は当分忘れられそうにありません。

 

ずっと読みたいと思っていたウエルベックの本なのですが、想像していたよりも「まとも」できちんとしたものだという印象でした。センセーショナルな側面が強調されがちの彼の作品ですが、これからも引き続きチェックしていきたいと思います。

 

【満足度】★★★★★