文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

平野啓一郎『ある男』

平野啓一郎

『ある男』 文芸春秋

 

平野啓一郎(1975-)の『ある男』を読了しました。海外文学ばかりを読んでいたので日本の作家が書いた小説を読むのは約1年ぶりくらいかもしれません。これからはもう少しバランスよく読んでいきたいと思うのですが。前作『マチネの終わりに』は20万部を突破して映画化もされるようで、本作『ある男』も注目を集めているようです。

 

主人公である弁護士の城戸は、かつての依頼者である女性から奇妙な相談を受けます。その女性が再婚した男性は不幸な事故によって亡くなってしまったのですが、死後その男性が戸籍上まったくの別人であったことが判明するのです。この男性の正体を巡るミステリー仕立てのストーリーが主軸として展開される一方で、近年の平野作品の主題のひとつである「愛」の本質を巡る考察や、震災以後の社会の揺れ動き、ヘイトスピーチなど社会的な諸問題が前景に登場しながら、物語は厚みを持たされていきます。

 

本書の冒頭に作家である「私」が「城戸さん」について語る場面が挿入されているように、主人公である城戸と作者自身との間には意図的な線引きがなされています。しかし、その意図の背景に何かを読み取りたくなってしまうほどに、様々なメディアを通じて私(たち)が描いている作者に対するイメージと本書の主人公像は似通っているようにも感じられるのです。主人公の城戸は、平野啓一郎の虚構内の「分人」のひとりであるかのようにして、在日三世として現代の日本を生きて、そこからひとつの声を救い出そうとしているかのようです。

 

ミステリー部分の仕掛けがどうしても弱く感じられてしまうのは、その分野の傑作と比べてしまうからなのですが、それを差し引いてもやはり平野さんの作品は時間を割いて読むに値する素晴らしい本だと感じます。

 

【満足度】★★★★☆