李承雨 金順姫訳
『真昼の視線』 岩波書店
李承雨の『真昼の視線』を読了しました。本書の帯には「韓国でノーベル文学賞候補として注目される作家の長編小説」と書かれています。フランスをはじめとする海外でも評価の高い作家で、ル・クレジオなども李承雨を絶賛しているとのこと。
本書は単行本で130ページほどの中編小説(短編小説といってもよいくらいの長さ)ですが、冒頭で言及されたリルケの『マルテの手記』に登場する放蕩息子のエピソードをモチーフにして、数多の文学作品を参照しながら構成された「知的な」作品です。主人公が自分を捨てた父親に会いに行くというシンプルともいえるストーリーを、観念的な仕方で描いています。
人々が死んでゆくために集まる街がパリであるとは、百年前の記録とはいえ、共感しがたい。散策者を作り出したのがパリだという人もいるではないか。散策に向いているのは暮らしやすいということではないか。リルケは巡礼者たちが死を迎えるために訪ねていくパラナシについて聞いたことはなかったのだろうか。パリでなくパラナシこそ死ぬために訪ねていくところだ。今どきの言葉で言うと鳥はペルーに行って死に、人はガンジスに行って死ぬということだ。
いわゆる意識の流れの手法を使って書かれたといわれる、本書の語り手のモノローグは、あくまでロジカルで知的なものであり、いささか抽象的で観念的でもあります。個人的に好きな文体でもあります。著者の他の作品もフォローしてみたいと思いました。
【満足度】★★★★☆