文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

カロッサ『指導と信従』

カロッサ 国松孝二訳

『指導と信従』 岩波文庫

 

カロッサ(1878-1956)の『指導と信従』を読了しました。ハンス・カロッサはドイツの詩人・小説家で医者でもあります。小説作品には自伝的なものが多く、本書も幼年時代から、医師としての生活、そしてシュテファン・ツヴァイクリルケなど、同時代の文学者との交友が語られます。

 

医者であり作家であることをやめなかったカロッサですが、訳者あとがきで「『指導と信従』の世界は、これら二つの周圏からなる楕円の世界である」と的確に述べられているように、両者が別々の軸を持ちながらも交じり合う様がこの作品の魅力になっているのだと思います。ヴェルレーヌの詩のドイツ語訳をツヴァイクに依頼されたカロッサが、意気揚々と訳業に取り掛かるものの、聴診器と患者名簿が並ぶ机に辞典を広げて訳稿に取り組んだ後、それが「何の価値もありはしない」ものだと気づいてツヴァイクに断りの連絡を入れる様子は、著者の文学的な誠実さを伝えるエピソードになっています。

 

【満足度】★★★☆☆