文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

ヴァージニア・ウルフ『波』

ヴァージニア・ウルフ 川本静子訳

『波』 みすず書房

 

ヴァージニア・ウルフ(1882-1941)の『波』を読了しました。古本市で購入した「ヴァージニア・ウルフ コレクション」の読書も五冊目となりました。本書『波』(1931)は『ダロウェイ夫人』(1925)や『燈台へ』(1927)と並ぶ、ウルフの長編小説の代表作のひとつに数えられています。

 

夜明け前、岸辺に打ち寄せる波の姿を神の視点から描写する導入部から始まって、本書の冒頭では、ひたすらに形や色、音や動きなどの単純な知覚から構成される6人の子どもたちの心象風景の羅列が続きます。これらの子どもたちはやがて大きくなってそれぞれの人生を歩んでいくのですが、それらが三人称的な物語として語られることはありません。本書の叙述は、時折挿入される波の描写と、そしてバーナード、ルイス、ネヴィル、スーザン、ジニイ、ロウダという6人の男女の奇妙な独白でのみ構成されています。そして、この独白の描写は「『……』とバーナードは言う、『……』」という定型の語りの枠から逸脱することはなく、それらがひたすらに繰り返されることで、三人称的な視点からではなく、6人それぞれの意識から捉えられた「彼ら彼女らの」世界が、読者である私たちに提示されることになります。

 

この「独白」は「…と○○は言う」という叙述の形式をとられながらも、内容的には明らかに他者に向けて語られたものとは思えないものもあり、しかし一方では誰かに語りかけていると思われる箇所もあったりで、その語りの身分がはっきりしません。この不思議な独白から一元論的に構成された世界の描像は、通常の自然的態度において私たちが馴染みのある世界の有様(たとえば本書において客観的な時間の経過とともに描かれる波の様子)とはやはり異なるものなのですが、前者の方にこそ私たちの人生にとってリアルなものが存在し、そちらの方こそが真実らしい、と感じさせられることが本書の到達点なのだと思います。楽しく読むことができました。

 

【満足度】★★★★☆