文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

アンナ・カヴァン『氷』

アンナ・カヴァン 山田和子

『氷』 ちくま文庫

 

アンナ・カヴァン(1901-1968)の『氷』を読了しました。バラードやオールディスといった、いわゆる「ニューウェーブ」のSF作家として位置づけられることの多いアンナ・カヴァンですが、近年その邦訳作品の刊行(再刊を含む)が続いているようです。私が彼女の作品を手に取るのは今回が初めてのことなのですが。

 

氷によって覆い尽くされようとする世界の中で、カフカの未完の長編『城』にも比されるような不条理な展開のなかで、主人公である私は少女の姿を追い求め続けていきます。抑圧されながらも性的なイメージを喚起させる少女の描写には、どこか鼻白んでしまうところがあったのですが、権力の描き方とその距離感に感心させられて、また絶望的ながら美しい終末の場面に至る物語を追いながら、本書を読み終わる頃にはすっかりこの作品に魅せられてしまいました。

 

分断されるプロットは本書から読みやすさを損なっていると思いますが、その分だけ作品全体を通じて一貫して変わらないものの存在を明らかにしているようにも思います。主人公である私の少女に対する奇妙な愛着とそれ以外のものに対する圧倒的な無関心(それは結局のところ権力や体制といったものへの執着を見せる長官の姿と対照的ですが)、そして世界を覆いつくす氷の壁のイメージ。主人公が最後に感じる「ほとんど幸福と言っていい思い」の甘美さが、本書が多くの読者を惹きつける理由になっているのではないかと思います。

 

【満足度】★★★★★