文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

Ian McEwan "The Cockroach"

Ian McEwan
"The Cockroach" Jonathan Cape

Ian McEwanの "The Cockroach"を読了しました。今となっては遠い昔のことのようにも思われますが、ヨーロッパ旅行の際にドイツの空港で機内での暇つぶしのために購入して、そのまま少しずつ読み進めていたのが本書です。“novella”と呼ばれる中編小説で、ペーパーバックで100ページほどの長さの作品です。

 

カフカの『変身』の主人公であるグレゴール・ザムザがある朝目覚めると毒虫に変身していたのに対して、本書の主人公であるJim Samsは目覚めたときに自分がゴキブリから人間という巨大な生物に変身していることに気付きます。しかし、この『変身』の逆バージョンから導かれる不条理を軸として本書の物語が進むのだろうという予測とは裏腹に、本書においてはJim Samsがイギリスの首相として(!)ある一つの目的に向かって躊躇なく邁進していく様子が描かれます。そして、本書を読み進むにつれて、Jim Samsの目的が“Reversalism”と呼ばれる経済システムをイギリスにおいて実現することなのだということが、徐々に読者に明らかになってきます。

 

“Clockwiser(時計回り主義者)”に対比されるこのRevarsalismとは、どうやらお金の流通を逆にする、つまり、物品の購入者やサービスの受益者がお金を支払うのではなく、逆にお金をもらう(!)というシステムのようです。イギリスにおけるReversalism導入に向けた内閣における決議、ヨーロッパ各国の首脳とのやり取り、また謎めいたアメリカ大統領との会話などを経て、Jim Samsは「自らの種のために」このReversalism実現をやり遂げるわけですが、これは明らかにイギリスのEUからの離脱(brexit)を暗喩しているようです。

 

マキューアンはこのアクチュアルなテーマをひとつの寓話として料理したわけですが、ヨーロッパ圏外に暮らす私にはbrexitの本質というものがピンと来ないということもあり、なかなかすべてを感じ取ることはできなかったように思います。


【満足度】★★★☆☆