文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

トマス・ピンチョン『重力の虹』

トマス・ピンチョン 佐藤良明訳

重力の虹』 新潮社

 

トマス・ピンチョン(1937-)の『重力の虹』をようやく読了しました。1973年に発表されたピンチョンの代表作とされる本書は、全米図書賞を受賞するものの、ピュリッツァー賞は「読みにくく卑猥である」との理由で受賞を逃し(Wikipediaより)、覆面作家であるピンチョン自身が、全米図書賞の授賞式にはコメディアンを代わりに送り込むという作品外での伝説も残しています。何しろ長大な作品であり、さらにはいくつものモチーフが複雑に寄り合わされて紡がれるプロットが読者のスムーズな解釈を拒んでいます。

 

舞台は第二次世界大戦末期のヨーロッパ。一応のところ主人公といえる人物であるタイロン・スロースロップは連合国側の軍人です。彼が情事を営んだ後を地図に記すと、それがそのままドイツ軍の発射したV2ロケットの着弾点と一致するのはなぜなのか。統計学者や生理学者が語る正統科学と霊的なオカルトの境界線ははじめから曖昧であり、憎めないスロースロップとミステリアスな女性たちによるコブシの効いた人情旅は「ゾーン」の地獄めぐりとなって奇妙にハイな気分を作り出して、不揃いな仕方で挿話される百科全書的な知識群や未来都市の姿は、この大伽藍を形作る特異な個性として、意味の連関を剥ぎ取られて(あるいは巧妙な隠喩として)私たちの前に投げ出されます。

 

とても「読めた」とは言えない読書の道行きではありましたが、シンプルにこの重厚長大な作品を読みきったことの満足感のようなものはあった気がします。読み終わったときには短編をたくさん読んだような気分になったのですが、それもあながち間違った感想ではなかったのかなと思います。

 

【満足度】★★★★☆