文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

J・S・ミル『自由論』

J・S・ミル 関口正司訳

『自由論』 岩波文庫

 

J・S・ミル(1806-1873)の『自由論』を読了しました。経験主義に立脚する哲学者であり論理学や科学哲学の嚆矢となる業績を残し、倫理学の分野ではベンサム功利主義を発展させ、さらには経済学に関する論考も残した才人のミルですが、政治哲学の分野でとりわけ重要な著作として知られているのが本書『自由論』(原題は“On Liberty”)です。

 

文明社会のどの成員に対してであれば、本人の意向に反して権力を行使しても正当でありうるのは、他の人々への危害を防止するという目的の場合だけである。

 

ミルが明確に提唱した、この「他者危害禁止の原理」、あるいは本書の解説での表現を用いれば「自由原理」は、倫理学においても基本となる概念のひとつだと思いますが、本書の解説でも指摘されているように、この原理を根底に置きながら、さらにどのような陰影の元で社会統治が営まれているのかを追求していくことこそが、ミルの主眼としていたことなのでしょう。

 

【満足度】★★★★☆

『大江健三郎 作家自身を語る』

大江健三郎 聞き手・構成 尾崎真理子

大江健三郎 作家自身を語る』 新潮文庫

 

大江健三郎 作家自身を語る』を読了しました。2000年代に行われたロングインタビューのまとめに、東日本大震災を経た後に行われたインタビューを加えた増補版です。デビュー前から後期の作品まで幅広く言及される充実したインタビューとなっています。作家の個性がたしかに浮かび上がっています。

 

【満足度】★★★★☆

ピエール・ルメートル『死のドレスを花婿に』

ピエール・ルメートル 吉田恒雄訳

『死のドレスを花婿に』 文春文庫

 

ピエール・ルメートル(1951-)の『死のドレスを花婿に』を読了しました。カミーユ・ヴェルーヴェン警部を主人公とする「容赦の無い」サスペンスプロットで知られるルメートルが2009年に発表した小説第二作目が本書です。いわゆるノンシリーズの作品ですが、悪の描き方やサスペンスの盛り上げはさすがの腕前です。

 

【満足度】★★★☆☆

J・G・バラード『太陽の帝国』

J・G・バラード 山田和子

太陽の帝国』 創元SF文庫

 

J・G・バラード(1930-2009)の『太陽の帝国』を読了しました。『ハイ・ライズ』以来の読書となる二冊目のバラード作品は、1934年に発表されてブッカー賞候補作ともなったベストセラー作品で、バラードの代表作のひとつとされています。1987年にはスティーヴン・スピルバーグによって映画化もされています。SFではなく歴史小説というべき類の作品で、バラード自身が少年時代を過ごした第二次世界大戦中の上海租界を舞台に、半ば自伝的な要素が織り込まれた作品になっています。

 

戦禍を描いた小説というのはどれも物悲しく、どこか似たような眩暈と読後感を覚えさせられるのが不思議です。読書からは離れた余談になりますが、本作品を原作としたスピルバーグの映画で主人公を演じたのはイギリス出身のクリスチャン・ベールで、彼は同じく私が最近読んだ『アメリカン・サイコ』の映画作品で主人公の殺人鬼を演じています。

 

【満足度】★★★☆☆

ソポクレース『アンティゴネー』

ソポクレース 中務哲郎訳

アンティゴネー』 岩波文庫

 

ソポクレス(前497/6頃-前406/5頃)の『アンティゴネー』を読了しました。オイディプスの娘であるアンティゴネーを主人公とするギリシア悲劇の一作です。オイディプスの死後、王権についたクレオーン(オイディプスの叔父にあたる)とアンティゴネーのどちらに感情移入すべきなのか、かつてこの劇をリアルに見ていた古代ギリシアの人々はどのように感じていたのでしょうか。

 

【満足度】★★★☆☆

フォークナー『八月の光』

フォークナー 諏訪部浩一

八月の光』 岩波文庫

 

フォークナー(1897-1962)の『八月の光』を読了しました。1932年に発表された作品でヨクナパトーファ・サーガの一作とされますが、原題である“Light in August”は当初は“Dark House”であったといわれます。闇から光という真逆のタイトルに転換された経緯には興味を惹かれます。

 

本書においては三人の登場人物を軸として物語が展開されます。ひとりは自分を妊娠させて姿をくらませた男を追って旅をするリーナ・グローヴ、自身の血に潜む疑問により人種的アイデンティティを揺るがされるジョー・クリスマス、そして世捨て人のように暮らす牧師ゲイル・ハイタワーの三名です。やがて交わることになる三人それぞれの孤独が描かれますが、なかでもやはりクリスマスの悲劇が特に心に残ります。巷間言われていることではありますが、フォークナー作品の中では比較的読みやすい構成となっていて、フォークナーの入門編として最適なのではないかと思います。

 

【満足度】★★★★☆

A・デュマ『ダルタニャン物語』

A・デュマ 鈴木力衛

『ダルタニャン物語』 ブッキング

 

アレクサンドル・デュマ・ペール(1802-1870)の『ダルタニャン物語』を読了しました。日本でもつとに有名な『三銃士』(1844)を嚆矢として、『二十年後』(1845)、そして『ブラジュロンヌ子爵』(1851)と続く三部作として17世紀フランスを舞台に描かれた歴史活劇です。デュマ・ペール一人の作品というよりは、実質的には歴史教師オーギュスト・マケとの共作であるとされています。

 

主人公ダルタニャンと「三銃士」であるアトス、ポルトス、アラミスの出会いから始まって、フランスやイギリスの宮廷政治を背景に友情と死と策謀が紡がれる壮大な物語は読み応え十分です。読み始めたのは1年前頃だったかと思うのですが、三部作を読み終わるのにそれだけの時間がかかってしまいました。『二十年後』でのモードントとの対決シーンなど印象に残る場面も多かったのですが、『ブラジュロンヌ子爵』を読み進める頃には若干プロットの冴えも失われてきたように思います。とはいえ、これだけ長大な作品を飽きさせることなく読ませるだけの筆力が作品からは感じられました。

 

息子であるデュマ・フィスの『椿姫』の読後感が私にとって疑問符のつくものだったことも遠因となって、あまり期待せずに読み始めたのですが、期待以上には楽しむことができた読書体験となりました。

 

【満足度】★★★★☆