文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

日本文学

星野智幸『呪文』

星野智幸 『呪文』 河出文庫 星野智幸の『呪文』を読了しました。作者らしい衝動力を感じさせる作品なのですが、その衝動が向かうベクトルが分かりそうで分からない、不思議な読み心地の小説というのが率直な感想です。チャプター名に登場人物の名前が冠せら…

乗代雄介『旅する練習』

乗代雄介 『旅する練習』 講談社 乗代雄介の『旅する練習』を読了しました。第164回芥川賞候補作となった作品で、乗代氏は常連の候補者となりながら、このときも受賞には至りませんでした。本書は岡山市の主催する坪田譲治文学賞を受賞していて、大人も子ど…

大江健三郎『叫び声』

大江健三郎 『叫び声』 講談社文芸文庫 大江健三郎の『叫び声』を読了しました。本書は著者のキャリアの中でも比較的初期に属する作品で、長編作品としては『遅れてきた青年』(1962)と『日常生活の冒険』(1962)の間にあたる1963年に発表されています。ず…

滝口悠生『死んでいない者』

滝口悠生 『死んでいない者』 文春文庫 滝口悠生の『死んでいない者』を読了しました。本書は第154回芥川賞の受賞作です。大往生を遂げた男性の通夜に集まった遺族や友人(そのタイトルにある通り「死んでいない者」)たちの人間模様が、しっかりと軸を持っ…

舞城王太郎『淵の王』

舞城王太郎 『淵の王』 新潮文庫 舞城王太郎の『淵の王』を読了しました。「恐ろしくて切ない最強ホラー長篇」という帯のコピーは内容の面では当を得ていて、本書ではホラー小説でありながら切ない気分にさせられてしまう物語が展開されています。ただ、長篇…

有栖川有栖『捜査線上の夕映え』

有栖川有栖 『捜査線上の夕映え』 文藝春秋 有栖川有栖の『捜査線上の夕映え』を読了しました。一時期、テレビドラマにもなっていたようですが、犯罪社会学者の火村英生を主人公とするミステリー小説の最新長編作品です。新型コロナウイルス渦中の事件が描か…

川上弘美『蛇を踏む』

川上弘美 『蛇を踏む』 文春文庫 川上弘美の『蛇を踏む』を読了しました。1996年の第115回芥川賞受賞作である表題作に加えて、「消える」、「惜夜記」の三編の作品が収録されています。物語の寓話性をメタ的に意識しながら、それでいて日常に溶け込む(一次…

我孫子武丸『腐食の街』

我孫子武丸 『腐食の街』 双葉文庫 我孫子武丸の『腐食の街』を読了しました。古本屋でふと手に取った本書ですが、原著の刊行は1995年で、「近未来SF」と紹介されることのある本書の粗筋は、2022年の現在にあって何とも現代的な感じがして、面白く読むことが…

大江健三郎『M/Tと森のフシギの物語』

大江健三郎 『M/Tと森のフシギの物語』 講談社文庫 大江健三郎の『M/Tと森のフシギの物語』を読了しました。1986年に刊行された本書は、1979年に発表された『同時代ゲーム』を平易な言葉で語り直した作品であるとされていますが、作者が生まれ育った四国の…

有栖川有栖『カナダ金貨の謎』

有栖川有栖 『カナダ金貨の謎』 講談社文庫 有栖川有栖の『カナダ金貨の謎』を読了しました。ドラマシリーズ「刑事コロンボ」などでもお馴染みのミステリー作品の形式の一つである倒叙物の表題作をはじめとして、作者らしい本格ミステリが並ぶ短編集です。 …

阿部和重『インディヴィジュアル・プロジェクション』

阿部和重 『インディヴィジュアル・プロジェクション』 新潮文庫 阿部和重の『インディヴィジュアル・プロジェクション』を読了しました。学生時代に読んで以来のことなので、何年ぶりになるのでしょうか。スパイ私塾に所属した過去を持つオブセッションに囚…

村田沙耶香『殺人出産』

村田沙耶香 『殺人出産』 講談社文庫 村田沙耶香の『殺人出産』を読了しました。村田氏は恐ろしくも新しい世界を小説として表現することのできる異能の作家だと思っているのですが、本書についてもその評価は間違いなく当てはまると言っていいでしょう。10人…

大江健三郎『キルプの軍団』

大江健三郎 『キルプの軍団』 岩波文庫 大江健三郎の『キルプの軍団』を読了しました。ブレイクやダンテをはじめとして海外の文学作品を読解することをモチーフに、自身の小説の推進力としてきた大江氏ですが、本作ではディケンズの書いた『骨董屋』を読む刑…

筒井康隆『夢の木坂分岐点』

筒井康隆 『夢の木坂分岐点』 新潮文庫 筒井康隆の『夢の木坂分岐点』を読了しました。谷崎潤一郎賞受賞作ということで、随分と昔に読んだ記憶はあるのですが、いつのことだったかまでは覚えていません。あり得べき生が分岐的に展開されていくプロットは、そ…

青木淳悟『このあいだ東京でね』

青木淳悟 『このあいだ東京でね』 新潮社 青木淳悟の『このあいだ東京でね』を読了しました。何かに憑依したトレース小説という一風変わった特徴を持つ青木淳悟死の作品集です。依り代となっているのは、物理空間的な街そのものであったり、建築工学であった…

磯﨑憲一郎『往古来今』

磯﨑憲一郎 『往古来今』 文春文庫 磯﨑憲一郎の『往古来今』を読了しました。5篇の短編小説が収められた作品集です。磯﨑氏は小説でしか描けないものを表現するのが上手な作家というイメージなのですが、本書に収録されたいずれの作品も小説ならではの時間…

中村文則『王国』

中村文則 『王国』 河出文庫 中村文則の『王国』を読了しました。大江健三郎賞を受賞した『掏摸』の姉妹編といわれる作品で、前作で圧倒的な存在感を放っていた木崎という人物が本書にも登場します。前作を読んだのがいつのことだったか覚えてはいないのです…

村上龍『コインロッカー・ベイビーズ』

村上龍 『コインロッカー・ベイビーズ』 講談社文庫 村上龍の『コインロッカー・ベイビーズ』を読了しました。学生時代に読んだ記憶があるのですが、久しぶりの再読でプロットなどはすっかり忘れてしまっていました。コインロッカーから生まれ出るという強烈…

青木淳悟『学校の近くの家』

青木淳悟 『学校の近くの家』 新潮社 青木淳悟の『学校の近くの家』を読了しました。小説というかたちで何か不思議なものを表現しようとする青木氏の作風と、「小学校」という誰もが通過した場所でありながらどこか世間とは隔絶した特殊な空間とは、とても相…

阿部和重『無常の世界』

阿部和重 『無常の世界』 新潮文庫 阿部和重の『無常の世界』を読了しました。1999年の野間文芸新人賞を受賞した作品集です。「トライアングルズ」、「無常の世界」、「塵(みなごろし)」の三作が収録されています。いずれも90年代後半の空気感というものが…

保坂和志『季節の記憶』

保坂和志 『季節の記憶』 中公文庫 保坂和志の『季節の記憶』を読了しました。子どもを子どものままに、猫を猫のままに、日常を日常のままに描くことができるのは稀有な才能なのだと思うのですが、保坂氏の作品をたまに読みたくなるのはそのあたりに理由があ…

古川日出男『アラビアの夜の種族』

古川日出男 『アラビアの夜の種族』 角川文庫 古川日出男の『アラビアの夜の種族』を読了しました。物語を通じて歴史を動かそうとする試みがユニークな作品です。ただ、ちょうど同時期に読んだ星野智幸氏の『夜は終わらない』に比べると文学的な企みの面では…

星野智幸『夜は終わらない』

星野智幸 『夜は終わらない』 講談社文庫 星野智幸の『夜は終わらない』を読了しました。2015年に発表された作品で、読売文学賞を受賞しています。『千夜一夜物語』に範を取ったプロットで、結婚詐欺師である玲緒奈は死の直前に男たちに物語を語ることを促し…

村上春樹『一人称単数』

村上春樹 『一人称単数』 文藝春秋 村上春樹の『一人称単数』を読了しました。2018年から2020年にかけて雑誌『文學界』に発表された7本の短編作品と書き下ろし作品1編を含む短編集です。これまでの人生を少しずつ総決算していくというと、いささか大げさな言…

長嶋有『猛スピードで母は』

長嶋有 『猛スピードで母は』 文春文庫 長嶋有(1972-)の『猛スピードで母は』を読了しました。2002年に第126回芥川賞を受賞した表題作と、文学界新人賞を受賞した氏のデビュー作である「サイドカーに犬」の二篇が収録されています。輪郭のくっきりとした登…

乗代雄介『ミック・エイヴォリーのアンダーパンツ』

乗代雄介 『ミック・エイヴォリーのアンダーパンツ』 国書刊行会 乗代雄介(1986-)の『ミック・エイヴォリーのアンダーパンツ』を読了しました。本書は著者が15年以上にわたって書き継いだブログ記事を著者自選・全面改稿して書籍化したものとのこと。古い…

有栖川有栖『インド倶楽部の謎』

有栖川有栖 『インド倶楽部の謎』 講談社文庫 有栖川有栖の『インド倶楽部の謎』を読了しました。最近はあまりミステリー小説を読まなくなってしまったのですが、有栖川氏の作品は気になって読んでしまいます。本書は氏の敬愛するエラリー・クイーンに倣って…

古川日出男『ハル、ハル、ハル』

古川日出男 『ハル、ハル、ハル』 河出書房新社 古川日出男の『ハル、ハル、ハル』を読了しました。2007年に出版された本書には、表題作のほかに、「スローモーション」、「8ドッグズ」という2篇の短編が収録されています。表題作は次のようなメタ的な言説か…

乗代雄介『最高の任務』

乗代雄介 『最高の任務』 講談社 乗代雄介の『最高の任務』を読了しました。芥川賞候補作となった表題作のほか、「生き方の問題」という中編作品が収録されています。「生き方の問題」は、従姉弟同士の性愛という生々しいテーマを取り扱いながら、物語の核と…

村上春樹『パン屋再襲撃』

村上春樹 『パン屋再襲撃』 文春文庫 村上春樹の『パン屋再襲撃』を読了しました。最初に読んだのは高校時代くらいのことだったか、詳しくは忘れてしまったのですが、久しぶりの再読となりました。収録策の初出は1985年から1986年にかけて、表題作のほか「象…