文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

ジョン・アップダイク『同じ一つのドア』

ジョン・アップダイク 宮本陽吉訳

『同じ一つのドア』 新潮文庫

 

ジョン・アップダイクは読みたい/読まなきゃと思いながら、ずっと読むことがないままだった作家のひとり。大学の先生がアップダイクのことをえらく褒めていて、その頃にはまだ白水Uブックスの『走れウサギ』が本屋に並んでいたような気もするのですが、それから幾ばくかの時が流れた今となっては、アップダイクの本はほとんどが品切れ・重版未定という状況です。

 

一念発起して(?)近所の古本屋を巡ったり、インターネットで探したりして、アップダイクの本を何冊か入手したのが昨年末頃のこと。そのなかからまずは初期短編集である本書『同じ一つのドア』を手に取りました。

 

評判の通りとてもうまい文章で、ちょっとした細部の描写が鮮やかな印象を残します。たとえば「明日が、そして明日が、またその明日が」に登場するプロッサー先生。授業中の女子生徒から取り上げたメモに「先生を愛していると思う」という記述を見つけて、女子生徒を分別臭くたしなめながらも、内心に沸き起こる気持ちの高揚を抑えることができないプロッサー先生。しかし同僚の教師から、その女子生徒が他の教師にも同じようなメモを見つけられたという事実を聞かされるプロッサー先生。以下は、何気ないふうを装って同僚に別れを告げた後のプロッサー先生の描写です。

 

プロッサー先生はロッカーから上着をとると、それに手を通した。帽子をきちんとかぶった。靴にゴムのオーヴァ・シューズをかけると、指先をつよくはさんだ。釘にかけてあるコウモリをはずした。茶目っ気を出して、誰もいない廊下で傘をひろげようとしたが、やめることにした。あの娘はいまにも泣きだしそうになっていた。それだけはたしかだと思った。

 

多くの男性は「プロッサー先生は俺だ」と思うのではないでしょうか。教室の席からは全能に見えた先生という存在が、同じ一人の人間だということを実感を持って感じられるくらいの年齢になった人にとっては、特に。

 

他に印象に残った作品は「フィラデルフィアの友だち」、「追い込まれたエース」、「黄色いばらを黄色にしたのは誰?」など。ウサギ四部作もそのうち読んでみたいと思いますが、すべて手に入るでしょうか…。

 

【満足度】★★★★☆