文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

ダニエル・アラルコン『夜、僕らは輪になって歩く』

ダニエル・アラルコン 藤井光訳

『夜、僕らは輪になって歩く』 新潮社

 

新潮クレスト・ブックスは、お洒落な装丁に手になじむソフトカバーでついつい手に取ってみたくなるのですが、それが現代の海外作家の作品を知らせてくれることにも繋がって、本当に良い叢書だと思います。今回はペルーに生まれて3歳の時に渡米したという作家ダニエル・アラルコン(1977-)の長編第二作目という『夜、僕らは輪になって歩く』を読了しました。第一作目の『ロスト・シティ・レディオ』も同じく新潮クレスト・ブックスから翻訳が出ていますが、こちらは未読です。

 

作品の舞台はそれとは明示されないものの、作者の出生地であるペルーのようです。内戦(ペルーの歴史では1980年代)を経て、政治犯として囚われていた劇作家が出所し、劇団を復活させてわずか3名の俳優で演じる公演旅行に出発するところから物語は始まります。その劇団に参加した若者ネルソンを中心にストーリーは展開していくのですが、その物語の進み行きというか、一種の捻じれ方がこの作品の大きな魅力になっています。日常から非日常に緩やかに移行しながら、ふとしたことから一瞬で陥穽にはまってしまって、思いもよらない風景を見せつけられてしまう。ポール・オースターの『偶然の音楽』や『リヴァイアサン』を読んだときも似たような感想を抱いたことを覚えているのですが。

 

また、本書の魅力を形作っている要素としてもう一つ挙げなければならないのは、本書の中心人物である主人公ともいえるネルソンとは異なる人物である語り手「僕」の存在です。物語の中盤から終盤にかけて徐々に明らかになってくる、「僕」の正体をめぐる謎が、本書のプロットに緊張感を与えていることは確かで、ストーリーテリング上の成功要素になっているといえるように思います。そして、訳者あとがきで触れられているように、この語りの技法が作者にとって避けて通ることのできない必然的な要請であったのだとすれば、それは単なるテクニックであるだけにとどまらず、この作品の本質を成すものだといえるのかもしれません。

 

最後にどうでもいい「分類」の話になりますが、本書は「英米文学」なのか「ラテンアメリカ文学」なのか、昔ながらの分類方法が少しずつ意味を失ってしまうようなグローバルな世界が到来しています。何となく消化不良に終わるラストシーンに込められた意味を読み取ることは私にはできませんでしたが、ペルーとアメリカという二つの世界の間で揺れる作者自身の姿を想像することは容易ではあります。何となくもやもやしたままではありますが、そのうち第一作目である『ロスト・シティ・レディオ』も読んでみたいと思います。

 

【満足度】★★★★☆