文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

モーパッサン『ベラミ』

モーパッサン 中村佳子

『ベラミ』 角川文庫

 

モーパッサン(1850-1893)の第二長編である『ベラミ』を読了しました。本書のタイトルになっている「ベラミ」とは「bel ami」つまり「美しいひと」という意味で、本書の主人公である美青年デュロワに対して、周囲の女性が付けたあだ名です。このデュロワが自分の美貌と野心を武器にして、19世紀末のフランス社会でのし上がっていく様を描いているのが本書です。

 

ちょうどモーパッサンが生まれた年にこの世を去ったバルザック(1799-1850)の傑作『ペール・ゴリオ』(ゴリオ爺さん)の主人公ラスティニャックは、作品の最後で「今度は、おれとおまえの一対一の勝負だぞ!」と叫び、パリの上流社会に挑戦状をたたきつけますが、『ベラミ』のデュロワが繰り広げる暗闘はまるでこの続きをなしているかのようです。しかし、バルザックの生み出したラスティニャックがまだまだ人間味あふれる好人物であったのに対して、モーパッサンの相変らず容赦のない筆致も相まって、本書におけるデュロワは、まったく好感を持つことのできない仕方で周囲の女性を利用し、損ないながら自らの野望を満たしていきます。

 

おもしろく読むことはできたのですが、一つだけ自分の中に疑問が残っています。本書冒頭におけるデュロワは、価格均一の安食堂で食事をしながら懐具合を心配するような冴えない鉄道会社員です。このデュロワが新聞社のトップまで上り詰め、フランス政財界にも影響力を行使できるような立場にまでなるわけですが、彼を動かす原動力となったものは一体何なのか。ライバル誌の記者との決闘や、人生の長さと死を語る老詩人、そして友人の死など、加速度的に膨張していく彼の欲望の航路を描くエピソードは十分に用意されているのですが、個人的にそれがリアルな実体を持つものとは感じられませんでした。再読すればまた違った印象になるのでしょうか。

 

とはいえ、達者な作家だなというモーパッサンに対する感想は変わらず。本当にうまいなと思うのですが、そのうちそのうまさが目に付いて、逆に嫌気がさしてしまうこともあるのかもしれませんが。

 

【満足度】★★★★☆