文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

フィリップ・ロス『父の遺産』

フィリップ・ロス 柴田元幸

『父の遺産』 集英社文庫

 

フィリップ・ロス(1933-2018)の『父の遺産』を読了しました。本棚に置いたまま時間が過ぎていたフィリップ・ロスの本を手に取ったのは、彼の訃報を知ったことがきっかけなのですが、忙しさの合間に少しずつ読み進めた本書は、なぜこれまで読んでおかなかったのかと後悔するほどの面白さでした。単純に読むタイミングが良かったということのなのかもしれませんが。

 

フォリップ・ロスの他の作品を読んだことがないので、著作全般に渡る評価はとてもできないのですが、訳者あとがきによるとフィリップ・ロスの文学は「作者フィリップ・ロスによく似た主人公の作家が、作家フィリップ・ロスの実人生によく似た人生を生きながら、その人生によく似た小説を書く」というのが典型的なスタイルのようです。本書もまた作者自身を思わせる「フィリップ・ロス」という作家が登場し、その父の闘病をめぐる生活が物語られることになります。

 

文学の価値がどこにかるのか、という大仰な話をするつもりはないのですが、本作を読んでいると、それが一体何なのか少し解るような気がしました。

 

思うに、墓を訪れた人間というのは、だいたい似たりよったりのことを考えるものである。雄弁さの違いを抜きにすればヨリックの頭蓋骨を見つめて物思いにふけるハムレットとさして変わりはない。何を考えても、何を言っても、つまるところは「この男は俺を何度もおんぶしてくれたものだ」という科白のバリエーションにすぎない。

 

私たちの生の一部を取り上げて、それを眺め、分析し批評して、鍛え上げること。その眼差しの強さこそが、文学の強さなのだと思います。

 

まだ忙しい日々が続きそうな状況で、なかなか読書の時間が取れないのですが、人生の残りを考えるとあまりゆっくり立ち止まってもいられないような気がしてきます。

 

【満足度】★★★★☆