文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

フアン・ルルフォ『燃える平原』

フアン・ルルフォ 杉山晃

『燃える平原』 岩波文庫

 

フアン・ルルフォ(1917-1986)の『燃える平原』を読了しました。フアン・ルルフォはメキシコの作家で、後年は写真家としても活躍したようです。短編集である本書と長編『ペドロ・パラモ』が代表作で、ガルシア=マルケスにも大きな影響を与えたとのこと。

 

本書には17の短編が収録されています。いずれの作品でもメキシコの大地を舞台に登場人物たちの直截的な声が響いているのが印象的で、その声は各短編のタイトルにも現れているのですが、「おれたちは貧しいんだ」、「殺さねえでくれ」、「覚えてねえか」、「犬の声は聞こえんか」といった独特の表題は(翻訳者の意図もあるのだと思いますが)まさにこうしたストレートな声を私たちに届けるものになっています。

 

バフチンドストエフスキーの小説の特質を「ポリフォニー」という言葉で表現しましたが、フアン・ルルフォの『燃える平原』に収められた作品で響いているのは多くの場合「たったひとつの声」で、たとえば「モノフォニー」とでも表現し得るものだと思われます。傷を負った息子を背負って医者のいる町を目指す父親を描いた「犬の声は聞こえんか」は、もっぱら父親の語り/声によって全編が構成されています。息子のセリフはごくわずかで、息子への愛憎半ばする気持ちを吐露する父親の強烈な声だけが、町を目指すにあたっての指針となるべき犬の声すらも掻き消して響き渡っています。その声の背後にそれを支える信念のようなものが感じられるからこそ、本書に収められた作品は小説としての確固としたパワーを有しているのでしょう。

 

岩波文庫から2018年に5月に出版された本書は、もともと1990年に水声社から出版されたものを文庫化したもののようです。ホセ・ドノソの『夜のみだらな鳥』など主パン不況の昨今にあってもラテンアメリカ文学を中心に翻訳書を届けてくれている水声社と、岩波書店に感謝。

 

【満足度】★★★☆☆