スタインベック 伏見威蕃訳
スタインベック(1902-1968)の『怒りの葡萄』を読了しました。ドイツ系移民の祖父を持つスタインベック(ドイツ語読みをすれば「シュタインベック」でしょうか)は、カリフォルニア州サリナスに生まれ、高校卒業後に一時期、砂糖工場で働いた後、スタンフォード大学に入学して海洋生物学などを学んでいます。しかし結局、学位を取ることなく大学を退学し、働きながら執筆活動に励み、やがて世界的な文豪として認められるようになっていきます。本書はピュリッツァー賞と全米図書賞を受賞したスタインベックの代表作といわれています。
刑務所から仮出所してきたトム・ジョードとその一家を主人公とする物語です。自然災害で耕作不能となった土地を銀行に接収された一家は、生まれ育ったオクラホマを離れて、いくらでも仕事があると言われるカリフォルニアの地を中古のトラックで目指します。しかし、新天地でも収奪する者と収奪される者との関係は変わることなく、ジョード一家の苦境は決して解消されることはありません。そして更なる不幸がジョード一家を、カリフォルニアの地を襲うことになります。
筋立てだけを見るとまるで救いようのない話なのですが、その中で生きる人々の姿によって本書の“肯定的な”イメージがしっかりと担保されているように思われます。
「おまえはもっと辛抱しなきゃいけない。だってね、トム――あたしたちみたいな民は、ああいうやつらがみんな滅びても、生きていくんだよ。だって、トム、ほんとうに生きている民は、あたしたちなんだ。あいつらが、あたしたちを根絶やしにすることなんかできない。だって、あたしたちが民なんだから――生きつづけるのは、あたしたちなんだから」
トムの母親のこのセリフを聞いて思い出したのは、カミュが『ペスト』の中で描いた無機質な死の行進の有様なのですが、この悲劇的な事象を前にしても生の力強さを感じるのは何とも不思議なことで、文学のマジックでもあり、ある種の詐称であるとも感じるのです。
なかなか平穏にならない仕事生活ですが、今年も残すところあと一ヶ月と少し。
【満足度】★★★☆☆