文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

フィリップ・ロス『素晴らしいアメリカ野球』

フィリップ・ロス 中野好夫常盤新平

『素晴らしいアメリカ野球』 新潮文庫

 

フィリップ・ロス(1933-2018)の『素晴らしいアメリカ野球』を読了しました。1973年にアメリカで出版され、1976年には日本でも翻訳が出されましたが、長らく重版されなかったものが「村上柴田翻訳堂」のタイトルとして復刊となりました。高橋源一郎の『優雅で感傷的な日本野球』を読んだのは高校時代だったか大学時代だったか忘れてしまったのですが、その(一番の)元ネタはこの本だったということなのでしょう。

 

フィリップ・ロスの本を読むのは『父の遺産』に次いで二冊目のことですが、『素晴らしいアメリカ野球』というふざけたタイトルからページを繰る前に既に想像されはするものの、『父の遺産』の過剰にリアリスティックな筆致とはまったく異なる創作に驚かされます。原書のタイトルは“The Great American Novel”で、直訳すると「偉大なるアメリカ小説」。それはアメリカという国が生み出すべき偉大なる小説のことで、すべてを丸がかえにすることができる器の大きさと壮大さを兼ね備えているという、一種の幻想のような存在です。本書では、「スミティと呼んでくれ。」という『白鯨』の“Call me Ishmael.”を連想させる語りから始まって、アメリカの歴史を総ざらいするようなドタバタコメディが「野球」というアメリカ人の幻想をひとつの器として展開されていきます。ホームタウンを持たない野球球団である「マンディーズ」を中心に巻き起こされる喜劇や悲劇の数々は、私たち歴史で起こったことはすべて野球場でも起こったのだと主張しているかのようです。

 

本書の最後に収録された「偉大なるアメリカ小説」をめぐって語られる村上春樹柴田元幸の対談も必読ですね。

 

【満足度】★★★★☆