文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

ジークフリート・レンツ『遺失物管理所』

ジークフリート・レンツ 松永美穂

『遺失物管理所』 新潮社

 

ジークフリート・レンツ(1926-2014)の『遺失物管理所』を読了しました。戦後のドイツ文学を代表する作家のひとりであるジークフリート・レンツ。日本での翻訳紹介は1970年代以来ぱったりと途絶えていたようですが、2003年に新潮クレストブックスから『アルネの遺品』が、そして2005年には本書『遺失物管理所』が刊行されています。

 

駅の遺失物管理所を舞台に展開される人情ドラマというと、何となく連作短編集のようなものを思い浮かべてしまうのですが、本書は長編小説です。遺失物管理所に配属された主人公ヘンリーを中心に、遺失物をめぐる生き生きとした人々との交流が描かれます…というのは本書のひとつの側面で、もうひとつの側面ではバシュキール(バシキール)人である数学者ラグーティンを巡るエピソードから、ドイツ社会の排外性が主題として取り上げられています。

 

どちらかというと、本書はこの後者の側面の方が強くにじみ出ているように感じられる作品です。ラグーティンとヘンリーとの出会いは遺失物管理所ではあるのですが、その後膨らんでいくラグーティンのエピソードは駅の遺失物管理所とはまったく無関係のものです。筆がすべってしまったというか、巨匠にとってどうしても描きたいエピソードだったというか、このアンバランスさが本書の魅力でもあり、見る人によっては瑕疵のように映るのかもしれません。

 

【満足度】★★★☆☆