J・アップダイク 井上謙治訳
『帰ってきたウサギ』 新潮社
J・アップダイク(1932-2009)の『帰ってきたウサギ』を読了しました。高校時代はバスケットボールの花形選手だった「ウサギ」ことハリー・アングストロームは、前作『走れウサギ』から10歳年をとって36歳になっており、現在は父親と同じ職場で印刷工として働いています。ベトナム戦争や人類初めての月面着陸など激動の時代を背景にして、私たちはハリーの姿を通じて、60年代のアメリカの個人史を知ることができます。
前作で無計画で無軌道な家出を繰り返したハリーですが、本作では妻のジャニスの方が同じ職場のギリシャ人と浮気して家を留守にすることになります。残されたハリーといえば、間男としての立場に何となく甘んじたまま、職場の同僚である黒人に連れ出されたバーで知り合った家出娘ジルを連れ帰ったり、そこに押しかけてきた若く虚無的な黒人男性スキーターを唯々諾々と受け入れたり、相変わらずの受け身な無軌道ぶりを発揮します。
ハリーの息子であるネルソンを巻き込むかたちで形作られたこのある種のコミューンは、必然的に物語終盤で崩壊へと至ってしまうわけですが、そこで訪れた悲劇を前にしても、ハリーの淡々とした態度は変わらないように見えます。
「あなたは、世の中を、人間的なものを、本当に動かしているのはそんなものじゃないと思っているんでしょ」
「なにか他のものがあるはずなんだ」
このハリーの自分自身との距離の取り方は、一体どこから来るものなのか、今の私にはよく解りません。ハリー・アングストロームという人物を描いた、極めてリアルで実存的なこれらの小説作品群を読み終わるときに、そこで私はどのような感想を抱くのでしょうか。
【満足度】★★★★☆