文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

ミシェル・ウエルベック『闘争領域の拡大』

ミシェル・ウエルベック 中村佳子

『闘争領域の拡大』 河出文庫

 

ミシェル・ウエルベック(1958-)の『闘争領域の拡大』を読了しました。奇妙なタイトルを持つ本書はウエルベックが初めて発表した小説で、どちらかというと中編小説というべき長さの作品です。本書の半ばを過ぎたあたり、物語の流れを断ち切ってまで、独立した行にゴシック体の強調で提示される「性的行動はひとつの社会階級システムである」というテーゼが本作を通底していて、まるで本書はこのテーゼを実際に証明しようとするかのようにして書かれています。

 

主人公であるシステムエンジニアが、どうしようもなく醜い容姿のせいで恋愛面での痛々しさを露呈する同僚ティスランとともに、システム導入にあたっての顧客サポートのためにパリから地方に赴いては、滑稽な失敗を繰り返すというのが本書の筋書きです。ここではタイトルが示すように、現代社会において拡大された(恋愛・性という)闘争領域に否応なく投げ込まれるかたちで、性を巡る冒険を余儀なくされる人たちの実存的クライシスが描かれているのですが、滑稽さよりもむしろ冷ややかな絶望が感じられるラストシーンに、著者の真剣さを見て取ることができます。

 

ウエルベックは小説作品のみならず、ショーペンハウアーの思想を解説する(?)作品も発表しているようですが、小説や哲学というものが「この世でどう生きていくべきか」という問いに対して何事かを語り得るのだという著者の確信に、私は共感を覚えます。

 

【満足度】★★★★☆