文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

マイケル・ポランニー『暗黙知の次元』

マイケル・ポランニー 高橋勇夫訳

暗黙知の次元』 ちくま学芸文庫

 

マイケル・ポランニー(1891-1976)の『暗黙知の次元』を読了しました。ハンガリー生まれの医学者であり科学哲学者であるポランニーが、明示的な知識(たとえば「Sはpである」と命題化することができるような知識)に対して、私たちの知的活動の中に伏在しながらもこれまで光を当ててこられなかった概念として取り出してみせようとするのが本書の主題である「暗黙知」です。

 

本書の第一章において、ポランニーは「私たちは言葉にできるより多くのことを知ることができる」ということから出発します。それ自体は自明とも思われるこの事実を厳密に表現へともたらすために、ポランニーはギルバート・ライルのいう「方法を知ることと内容を知ること」の区別やゲシュタルト心理学、あるいは広告のサブリミナル効果にも言及しながら、暗黙知の相貌を浮き上がらせていきます。そして第二章になると、この暗黙知のダイナミズムが生物学等における「創発」の概念と結びついて論じられるのですが、さらに第三章に至ってはこれが「宇宙論的な全景」まで拡大されて、社会や倫理の在り方にまで話が及んでいきます。ここまでいくと少し付いていけない部分もあるのですが、楽しく読むことはできました。

 

かつてのソビエト・ロシアで自由で自立的であるはずの科学的思考が自己否定に至る姿を目撃したというポランニーは、「私たちの文明全体は極端な批判的明晰性と強烈な道義心の奏でる不協和音に満たされて」いるという認識のもとで人間のナレッジの在り方を反省したと述べています。そこで見いだされた概念が暗黙知だったというわけで、その概念が彼の思想のなかで最終的には倫理的な役割も担うことになるというのは必然的な事態だったのでしょう。

 

【満足度】★★★★☆