文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

ペーター・ハントケ『幸せではないが、もういい』

ペーター・ハントケ 元吉瑞枝訳

『幸せではないが、もういい』 同学社

 

ペーター・ハントケ(1942-)の『幸せではないが、もういい』を読了しました。2019年のノーベル文学賞受賞者となったハントケですが、その著作の邦訳書はあまり流通していないのが現状です。これから復刊が進むことを望みたいと思います。

 

ユニークなタイトルの本書ですが、原題は“Wunschlose Unglueck”で、直訳すれば「望みのない不幸」となります。しかし訳者解説によれば、“wunschlos”という語は「幸福だ」を意味する“gluecklich”と結びついて、「望みようもないほど幸せ」「充分にまんぞくしている」様を表すとのこと。その「幸福」に否定の接頭辞をつけた本書のタイトルを「幸せではないが、もういい」と翻訳したのは(異論もあるとは思いますが)私には素晴らしい快挙と感じられました。

 

本書は母の自殺を巡る半ば私小説めいた作品なのですが、母について語る行為は、やがて語るという行為そのものへの反省に引き戻されて、その行為の困難さを前にして対象者への思いや距離もまた揺らいでいく様子がこの作家らしいところなのでしょうか。

 

【満足度】★★★☆☆