ヘンリ・ミラー 大久保康雄訳
『北回帰線』 新潮文庫
ヘンリ・ミラー(1891-1980)の『北回帰線』を読了しました。パリ滞在中の1934年に発表された本書は彼の処女作であり代表作で、作家の魂の声が打ち込まれた作品になっています。作家自身は本書を「これは小説ではない。これは罵倒であり、讒謗であり、人格の毀損だ」と荒々しい言葉で意味づけた後、次のように語ります。
ぼくは諸君のために歌おうとしている。すこしは調子がはずれるかもしれないが、とにかく歌うつもりだ。諸君が泣きごとを言っているひまに、ぼくは歌う。諸君のきたならしい死骸の上で踊ってやる。
歌うからには、まず口を開かなければならぬ。一対の肺と、いくらかの音楽の知識がなければならぬ。かならずしもアコーディオンやギターなんぞなくてもいい。大切なことは歌いたい欲求だ。そうすると、それが歌なのだ。ぼくは歌っているのだ。
後年のアメリカにおけるビートニク作品の先駆けのような印象ですが、よく指摘される性描写についてもあまり不潔感のようなものは感じられず(村上龍の『限りなく透明に近いブルー』の印象にも似ています)、作品のプロットというよりは作中に響く声に耳を傾ける読書となりました。
【満足度】★★★☆☆