文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

マリオ・バルガス=リョサ『悪い娘の悪戯』

マリオ・バルガス=リョサ 八重樫克彦・八重樫由貴子訳

『悪い娘の悪戯』 作品社

 

マリオ・バルガス=リョサ(1936-)の『悪い娘の悪戯』を読了しました。『楽園への道』に続いて2006年に発表された本書は「恋愛小説」と呼ぶにふさわしい作品なのですが、作品発表時に70歳を迎えていたバルガス=リョサが著すそれは、自ずと著者自身が生きてきた歴史の時間的な広がりを作品に内包させながら、青春や友情といった生の多面的な相貌を読者の前に提示してくれます。主人公リカルドと彼を翻弄する「ニーニャ・マラ(悪い娘)」の物語が有する奇妙な説得力は、小説でしか語り得ない生や歴史の一端を私たちに開示してくれるものになっています。

 

訳者解説で引用された作家のインタビューで「確かにスタイルは作品を決定づけるが、語りの上位に来るものではない」と語っているように、これまでのバルガス=リョサ作品とは異なり、本書において話法や時制の入れ替えを駆使するような方法論的な技巧を見出すことはほとんどできません(チャプターからチャプターへの移り変わりにおける語りの省略などは見られますが)。その代わりに、50年代のリマ、60年代のパリ、70年代のロンドン、80年代のマドリッド、そして東京など、様々な年代・都市を舞台に、名前を変えて登場するニーニャ・マラとリカルドとの不思議で歪でもある恋愛関係が、本書のなかでは直線的に描かれています。その語りの積み重ねによって提示されるものが読者にとって説得力あるものになっているとすれば、それは小説の持つ比類ないパワーの顕れなのだと思います。ユーモラスでオチの効いた末尾の文章も含めて、バルガス=リョサは多彩な才能を持った作家なのだとあらためて感じさせられるのでした。

 

【満足度】★★★★★