文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

サルマン・ラシュディ『真夜中の子供たち』

サルマン・ラシュディ 寺門泰彦訳

『真夜中の子供たち』 岩波文庫

 

サルマン・ラシュディ(1947-)の『真夜中の子供たち』を読了しました。本書の主人公であるサリーム・シナイと同じく1947年にインドのボンベイで生まれたラシュディは(ただしその日時については主人公サリームの劇的なそれとは異なるのですが)、1961年にイギリスへと渡り、やがてケンブリッジ大学へと進学し、卒業後もそのままイギリスに留まることを選択します。そんな彼がコピーライターをするかたわらで執筆し、1981年に発表された第二作目の小説が本書“Midnight's Children”です。同年のブッカー賞を受賞するとともに、1993年には同賞25周年の最優秀作品に選ばれています。

 

本書の表題をなしている「真夜中の子供たち」について、主人公サリーム・シナイは次のように語ります。

 

私の言わんとすることを分かってほしい。一九四七年八月十五日の最初の一時間の間に――つまり真夜中と午前一時の間に――少なくとも千と一人の子供たちが、新たに誕生したばかりの主権国家インドの国境内に生まれ落ちた。それ自体は何ら珍しいことではない(その数が妙に文学的響きをもっているとしてもである)――当時、この地域での毎時間あたりの出生者数はおよそ六百八十七人だけ死亡者数を上回っていた。この出来事を注目に値する(注目に値する、とは! もっと地味な言葉もあるのに)ものにしたのはこれらの子供たちの性質であった。彼らの一人一人が何か生物学的突然変異によって、あるいはたぶん時代の超自然的な力によって、それともただの偶然によって(とはいえ、これほど大がかりな共時性はかのC・G・ユングをも仰天させたことだろう)、奇跡的としか言いようのない特徴、才能、もしくは能力を授かったのだ。

 

「誕生したばかりの主権国家インド」とその歩みを共にするサリーム・シナイは、そのテレパシー能力を媒介にして、彼と同じく1947年8月15日の午前0時から1時の間に生まれた「真夜中の子供たち」と、時には敵として繋がりながら、第二次世界大戦後のインドの行く末を見届けていきます。

 

ギュンター・グラスの『ブリキの太鼓』に触発されたと言われる本書ですが、その系譜はジョン・アーヴィングなどの現代作家にも受け継がれているように思います。歴史と接続した個人と、その個人を超えたものの存在を地続きで描くという二十世紀小説の重要な里程標となる作品だと思います。

 

【満足度】★★★