文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

エルフリーデ・イェリネク『死者の子供たち』

エルフリーデ・イェリネク 中込啓子・須永恆雄・岡本和子訳

『死者の子供たち』 鳥影社

 

エルフリーデ・イェリネク(1946-)の『死者の子供たち』を読了しました。オーストリアの小説家・劇作家で2004年のノーベル賞受賞作家です。本書は1995年に発表された著者の代表作とされる小説作品で、かなり大部の作品となっています。さらにその内容はといえば、トマス・ピンチョンの語りを髣髴とさせる饒舌が、物語らしきものの筋道を覆い隠すように繁茂して読者を幻惑させるもので、なかなかすんなりと読みくだすことができないものです。しかしそれにもかかわらず本書は大変面白く、久々に文学というものの醍醐味を感じられる読書体験となりました。

 

著者自身が日本語版の前書きに寄せた言葉の中で端的に述べているように、本書の主題は「ナチス時代の犠牲者たちを私がもういちど掘り出す」ことですが、そこにはオーストリアという国の複雑な歴史の襞が関係しているようです。『死者の子供たち』というタイトルにある「死者の(der Toten)」は厳密には「死者たちの」を意味していて、この作品における(読者を幻惑する)イェリネクの無数の饒舌は、それがナチス時代の犠牲者をはじめとする、この国(オーストリア)の無数の死者たちの存在を何とか顕現させようとする彼女の企みであったことが分かります。

 

本書のプロローグでは、コロナ禍前の日本でも表面化していたオーバーツーリズムのある種の醜悪さなど「観光」という現象に潜むどこか全体主義的な匂いや、時として国威発揚という言葉と共に語られる「スポーツ」によって得られた栄光の残照、それらのものに踊らされる群集を生き物のように飲み込む山のイメージなどが提示されます。そして、エピローグへと至るまでの35の章には(私が読み込むことができた限りでは)それほど明確なストーリーラインというものはなく、山のペンションに居合わせた者同士である名前を与えられた3名の登場人物たちについて、ポストモダン的な奔流を手法として、繰り返し生と死のイメージのなかで語られることになります。

 

【満足度】★★★★★