文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

カルペンティエル『失われた足跡』

カルペンティエル 牛島信明

『失われた足跡』 岩波文庫

 

 アレホ・カルペンティエル(1904-1980)の『失われた足跡』を読了しました。カルペンティエルはスイスに生まれてキューバハバナで12歳までを過ごし、その後フランスに転居した後、再びキューバに移り住み、ジャーナリストとして活動します。その際に独裁者を批判したかどで投獄され、1928年にフランスに亡命してシュルレアリストたちとの親交を深めますが、キューバ革命後は再び故国に戻ります。本書はそのカルペンティエルの代表作であるとされています。

 

 ニューヨークを思わせる大都会で暮らす音楽家の主人公は、すっかり倦んでしまった日常を離れて、南アメリカへと太古の楽器を探す旅に出かけます。革命の街を離れてバスや船を乗り継いで進められる旅は、単なる場所の移動ではなく、いつの間にか時間を遡行する旅へと変化しています。日常と地続きに現れる超自然的な現象を表現するこのあたりの描写が、カルペンティエルマジックリアリズムの始祖といわれる所以なのでしょうか。

 

女性の描き方というものも考えさせられるところがあって、主人公は舞台女優として活躍する妻のルース(働く女性)に嫌気がさして、愛人(?)であるムーシュと南米への旅に出かけるのですが、現代的な都会人であるムーシュはやがて始原を目指す旅程のなかで体調を崩してしまい、帰国の途につくことになります。そして旅の途中で出会ったロサリオと主人公は結ばれるわけですが、ロサリオは自らのことを「あなたの女」と三人称で呼ぶ女性で、この部分だけを切り取るとまさに男尊女卑の鑑のような描かれ方なのですが、実際のところは南米の奥地で結婚を申し込んだ主人公をロサリオは冷たく突っぱねます。結婚という制度自体が女性を縛り付ける制度に他ならない、と。その一方で、物語の終盤で都会に戻った主人公は妻のルースに離婚を切り出すのですが、自ら働き自律した女性であるはずのルースは離婚を頑なに拒むのです。

 

いろいろと語りたくなる小説で、なかなか素晴らしい読書体験でした。ただ、冒頭の描写にはなぜだか眠気を誘われてしまうのでした。

 

【満足度】★★★★☆