文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

F・スコット・フィッツジェラルド『美しく呪われた人たち』

F・スコット・フィッツジェラルド 上岡伸雄訳

『美しく呪われた人たち』 作品社

 

F・スコット・フィッツジェラルド(1896-1940)の『美しく呪われた人たち』を読了しました。本書が発表されたのは『グレート・ギャツビー』が世に出る3年前の1922年のことで、長いこと日本では訳されることのなかったフィッツジェラルドの長篇第二作目にあたる作品です。

 

大富豪の孫として生まれたアンソニー・パッチの栄光と転落を描いた作品で、若さや美こそを至上のものと考えるグロリアとの出会い、そして彼女との結婚生活など、まるで後年における作者自身の人生を思わせるような物語が綴られています。物語の終盤で祖父の遺産を巡る裁判結果を待ちながら、アンソニーは独白します。

 

イタリア――裁判で勝ったら、イタリアに行く。これが彼にとっては魔よけの言葉のようになっていた。そこは人生の耐えがたい不安が古い服のように脱ぎ捨てられる場所。(中略)ベネチアの青い運河や、雨のあと金色に輝くフィエーゾレの緑の丘でのロマンス。そして女たち――別の女へと変身し、分解し、溶け込んでいき、彼の人生から退いていく女たち――しかし、彼女らはいつでも美しく、いつでも若い。

 

この独白の後、アンソニーは物語的なカタルシスの要求に応えるように、ひとつの結末へと落ち込んでいくことになるのですが、このシニカルな予感は、本書が著された栄華に満ちた1920年代において、たしかに作者自身の中に胚胎し表出されたものであるということを思うと、不思議な心持ちになります。

 

【満足度】★★★

星野智幸『呪文』

星野智幸

『呪文』 河出文庫

 

星野智幸の『呪文』を読了しました。作者らしい衝動力を感じさせる作品なのですが、その衝動が向かうベクトルが分かりそうで分からない、不思議な読み心地の小説というのが率直な感想です。チャプター名に登場人物の名前が冠せられていることからも意識的に察せられるように、群像劇としての表現が志向されているのではないかと思います。身体性と言語性とが互いに復権を争うような物語の進み行きに、現代文学のややこしさを感じさせられてしまうのですが。

 

【満足度】★★★

ラーゲルレーヴ『ポルトガリヤの皇帝さん』

ラーゲルレーヴ イシガオサム訳

ポルトガリヤの皇帝さん』 岩波文庫

 

ラーゲルレーヴ(1858-1940)の『ポルトガリヤの皇帝さん』を読了しました。セルマ・ラーゲルレーヴはスウェーデンの作家で、1909年にスウェーデン人初・女性初のノーベル文学賞受賞作家となっています。私は未読なのですが『ニルスの不思議な旅』の作者としてもよく知られているようです。

 

本書のストーリーはといえば、溺愛する娘クラーラ・グッラと離れ離れになることによって狂気を抱くようになる農夫ヤンを軸にして展開されるものなのですが、何とも不思議な読み心地の作品です。ここに込められたものを読み解くには、何かが不足しているのだと感じさせられます。

 

【満足度】★★★☆☆

乗代雄介『旅する練習』

乗代雄介

『旅する練習』 講談社

 

乗代雄介の『旅する練習』を読了しました。第164回芥川賞候補作となった作品で、乗代氏は常連の候補者となりながら、このときも受賞には至りませんでした。本書は岡山市の主催する坪田譲治文学賞を受賞していて、大人も子どもも楽しめるという広い意味での児童文学の文脈からも評価されている作品です。

 

おそらくは、賛否両論というか、かなり議論を呼びそうな結末も含めて、物語が良くも悪くもドラマチックな展開を見せるのは、乗代作品の特徴のひとつであり、作者の文学的な矜持の現れであるようにも感じられます。私自身の感想についていえば、今回の作品に対しても非常に満足度は高く、引き続き氏の作品をフォローしていきたいと思うのでした。

 

【満足度】★★★

ジェイン・オースティン『マンスフィールド・パーク』

ジェイン・オースティン 中野康司訳

マンスフィールド・パーク』 ちくま文庫

 

ジェイン・オースティン(1775-1817)の『マンスフィールド・パーク』を読了しました。19世紀初めに活躍し近代イギリス小説のひとつのピークをなしたオースティンの作品群について、学生時代に読んだことがあるのが『高慢と偏見』、『エマ』、そして『説きふせられて』(いずれも岩波文庫の翻訳)であったと記憶していますが、本書『マンスフィールド・パーク』を読むのは初めてのことです。最近、岩波文庫でも翻訳が出版されていたように思いますが、今回はちくま文庫の翻訳で読み進めます。

 

オースティンの作品は、本書の訳者あとがきでも指摘されていますが、粗筋を聞いてもまったく面白そうには思えないのに、実際に読んでみるとめっぽう面白いというのが特徴のひとつだと思います。本書もその例に違わず、文庫本にして700ページを超える分厚さですが、最初から最後まで飽きることなく読み進めることとなりました。個人的には、オースティンの小説の面白さやユーモアのノリはNHKの朝ドラ(最近はほとんど見ていないですが)に通ずるものがあるのではないかと思っているのですが、どうでしょうか。

 

最近はあまり読書の時間を取れていないのですが、内気で虚弱ながらも道徳と分別を備えた地味な主人公ファニーを軸にして、ノーサンプトンマンスフィールド・パークを舞台に展開されれる群像劇は、ゆっくりと読み進めるのが相応しいと感じます。訳文も大変読みやすく、これを機に既読の作品も含めて、ちくま文庫に収められたオースティンの作品を順次読んでいきたいと思います。

 

【満足度】★★★★★

グラス『ブリキの太鼓』

グラス 池内紀

ブリキの太鼓』 河出書房新社

 

ギュンター・グラス(1927-2015)の『ブリキの太鼓』を読了しました。1959年に発表されたグラスの第一作目の小説であり、彼の代表作でもある作品です。学生時代に集英社文庫の高本研一氏の翻訳で読んだことがあったのですが、このたびは河出書房新社の文学全集にて再読することになりました。

 

主人公であるオスカルの祖父にあたる人物が官憲に追われるなかで、オスカルの祖母となる女性の玉ねぎのように膨らんだ大きなスカートの中に隠れて追手をやり過ごし、そしてその時にオスカルの母がこの世に宿るきっかけを成したという奇妙なエピソードから始まる本書は、性的でユーモラスでありながら、どうしようもなく不吉な挿話の集積です。自らの意思で成長することを止め、ブリキの太鼓を抱えながら、その声によってガラスを割ることができるというオスカルの半生(30歳まで)が第二次世界大戦下のドイツを舞台に描かれる本書の物語を一体どのように受け止めればよいのか、学生時代に読んだときの私にも、そして今の私にとってもよく分からないままであるというのが正直な感想です。

 

【満足度】★★★☆☆

大江健三郎『大江健三郎往復書簡 暴力に逆らって書く』

大江健三郎

大江健三郎往復書簡 暴力に逆らって書く』 朝日文庫

 

大江健三郎往復書簡 暴力に逆らって書く』を読了しました。本書は大江健三郎と同時代の知識人との間で交わされた往復書簡を収録したもので、その相手はギュンター・グラス、ナディン・ゴーディマ、マリオ・バルガス=リョサといった作家をはじめ、経済学者であるアマルティア・センや、言語学者でありその政治的発言が注目を集めるノーム・チョムスキー、また文芸批評家のエドワード・サイードなど、様々な分野の重鎮に及んでいます。

 

古いものでは阪神淡路大震災オウム真理教による事件の記憶も新しい1995年頃のものから、2001年のアメリ同時多発テロを挟むくらいの時期にかけて交わされた往復書簡を読んでいると、現在から見て20年という歳月の重みを感じてしまうのですが、そのことについて語るのは止めておこうと思います。

 

【満足度】★★★☆☆