T. E. カーハート『パリ左岸のピアノ工房』
T. E. カーハート 村松潔訳
『パリ左岸のピアノ工房』 新潮社
T. E. カーハートの『パリ左岸のピアノ工房』を読了しました。本書のカバーに書かれたプロフィールによれば、作者はアイルランドとアメリカの二つの国籍を保有し、世界各地を回った後に本書の執筆時点ではパリに暮らすライターで、本書がデビュー作であるとのこと。訳者自身があとがきにおいて「著者のT. E. カーハートについてはあまり詳しいことはわからない」と述べているくらいで、著名な作家の著名な作品として翻訳されたというよりは、新潮クレスト・ブックスの初期の作品の多くがそうであるように、作品の持つ世界観や雰囲気に惚れ込んで翻訳出版されたものではないかと思われます。
本書で描かれるパリ左岸にあるピアノ工房を巡る人々の姿やピアノのある生活、その文化的背景を偏愛する人は数多く存在するのだと思いますが、いささか閉鎖的であるようにも見えるその世界に鼻白んでしまう人も同じくらい存在するのかもしれません。私はといえば、本書に秘められた世界に静かな高揚を覚えるところから始まって、徐々にどこか冷めた視点へとスライドしていくというのが今回の読書体験でした。
【満足度】★★★☆☆
綾辻行人『Another 2001』
『Another 2001』 角川文庫
綾辻行人の『Another 2001』を読了しました。半年前に読み直したシリーズ前作である『Another』とスピンオフ作品である『Anothe エピソードS』からあまり間を置かずに読もうと思っていた作品なのですが、結局はこのタイミングでの読書となりました。結果的には、ちょうど半年くらいの期間を置いての読書というタイミングが、記憶のあやふやさという点では、物語を楽しむのにちょうど良い頃合いだったのかもしれませんが。
本格ミステリーであり、ホラーであり、青春小説でもあるという本書は、若い読者を惹き付けるのに十分な魅力を備えていると思います。それと同時に、かつて本格ミステリーを夢中になって読んでいた私の年代の読者にも懐かしさと安心感のようなものを感じさせる懐の深い小説です。
【満足度】★★★★☆
イアン・マキューアン『夢みるピーターの七つの冒険』
イアン・マキューアン 真野泰訳
『夢みるピーターの七つの冒険』 中央公論新社
イアン・マキューアン(1948-)の『夢みるピーターの七つの冒険』を読了しました。マキューアンが書いた児童書ですが、マキューアンらしく一筋縄ではいかないところもあって、大人が読んでもそれなりに楽しむことができる作品です。ファンタジーと呼んでもよいのですが、荒唐無稽な展開の中に作者らしいシニカルさが出ていて、ハッとさせられる箇所に出会うことがあります。
「いじめっ子」と訳された章では、想像力から生み出された理屈が現実の課題を(ある意味では)解消する様子を読者は目にするわけですが、そのこと自体についてもどこか冷めた視線を向けているという点に、作者の真骨頂があるのだと思います。
【満足度】★★★☆☆