文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

アントニオ・タブッキ『供述によるとペレイラは……』

アントニオ・タブッキ 須賀敦子

『供述によるとペレイラは……』 白水Uブックス

 

アントニオ・タブッキ(1943-2012)の『供述によるとペレイラは……』を読了しました。アントニオ・タブッキはイタリアの作家で、ポルトガルの詩人フェルナンド・ペソアに魅せられたことからポルトガル文学の研究にも従事していたようです。本書『供述によるとペレイラは……』も1938年のリスボンを舞台にした作品で、当時のファシスト政権下の不穏な空気が描かれています。

 

本書は中年の新聞記者であるペレイラを主人公にした、中編小説と呼ぶべき長さの作品です。いくつかに分けられた断章は、いずれも「供述によるとペレイラは…」や「…とペレイラは供述している」といった文章で始まります。物語の冒頭からそれを語る文中に不穏な空気がしっかりと仕込まれているわけですが、新聞社の文芸面を担当しているペレイラが、反体制的な言論を繰り返す青年モンティロ・ロッシとの出会いから、新聞に掲載する海外小説の抄訳のセレクトにおける上役との諍いに至るまで、少しずつ時代に飲み込まれていく様子が緊密なプロットにおいて展開されていきます。

 

「時代に飲み込まれていく」と書きましたが、一方ではそうした側面もあるものの、他方ではペレイラ自身がこの政治的な社会に自らコミットしていく様、自然と無関心でいられなくなっていく様も、本書では描かれています。中編小説という枠組みの中で語られることのなかったペレイラの過去や、亡き妻の写真に語りかけるシーンなどが、直接的に描写されないペレイラの内面を補完しているのでしょう。文学のお手本、そしてそれだけではない何かを持った素晴らしい小説だと思います。

 

【満足度】★★★★☆