文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

リサ・ボルトロッティ『非合理性』

リサ・ボルトロッティ 鴻浩介訳

『非合理性』 岩波書店

 

リサ・ボルトロッティの『非合理性』を読了しました。本書は「現代哲学のキーコンセプト」と題されて刊行された叢書の一冊で、イギリスのポリティ社から刊行された哲学教科書シリーズから精選された五冊が岩波書店から出版されています。

 

たとえば行動経済学の隆盛という事実からも見て取れるように、「非合理性」が現代の学問分野におけるキーワードのひとつであることは間違いないと思うのですが、本書では「解釈」や「選択」といったいわゆる哲学に典型的なテーマはもちろん、「精神医学」の観点からの分析など、一般の哲学入門書よりも幅広い視点で非合理性という概念に光が当てられています。面白く読むことができました。

 

【満足度】★★★★☆

一ノ瀬正樹『英米哲学入門―「である」と「べき」の交差する世界』

一ノ瀬正樹

英米哲学入門―「である」と「べき」の交差する世界』 ちくま新書

 

一ノ瀬正樹の『英米哲学入門―「である」と「べき」の交差する世界』を読了しました。タイトルから想像されるのは、イギリス経験論あたりから始まって、プラグマティズムの論述もしくは論理実証主義からクワインデイヴィドソンあたりの流れを解説する哲学史の入門ための本ですが、本書はその想像を裏切って、記述性(である)と規範性(べき)を巡る哲学的なトピックスを独自に考察する、まさしく「哲学する」ことの入門となっています。時折出てくる奇妙なジョークに目を瞑れば、著者の作品はどれも面白いですね。

 

【満足度】★★★★☆

J・D・サリンジャー『フラニーとズーイ』

J・D・サリンジャー 村上春樹

フラニーとズーイ』 新潮文庫

 

J・D・サリンジャー(1919-2010)の『フラニーとズーイ』を読了しました。著者の意向により「まえがき」や「あとがき」を付すことができない本書には、「投げ込み特別エッセイ」という形で村上春樹氏による解説が挟み込まれています。

 

グラース家の末っ子であるフラニーが俗物性に直面したときに感じる圧倒的な眩暈は、その兄ズーイの特異な弁舌がフラニーのみならず読者の方にも生じさせる幻惑にも通じてしまうかのようですが、不思議な読み心地の作品です。

 

【満足度】★★★☆☆

アーダベルト・シュティフター『森ゆく人』

アーダベルト・シュティフター 松村國隆訳

『森ゆく人』 松籟社

 

アーダベルト・シュティフター(1805-1868)の『森ゆく人』を読了しました。本書は「シュティフター・コレクション」として刊行された叢書の第3巻で、表題作である「森ゆく人」と短い掌編である「わたしの生命―自伝的断片―」が収録されています。

 

厳しくも美しい自然への崇敬、敬虔で慎ましい市井の生活、そして清廉であるがゆえに避けがたく訪れてしまった悲劇を含む苦い過去。シュティフターの三題噺とでもいうべき(もう一つ芸術の賛美というものもありますが)要素が盛り込まれた、いかにもシュティフターらしい作品でした。

 

【満足度】★★★☆☆

トマス・ネーゲル『どこでもないところからの眺め』

トマス・ネーゲル 中村昇他訳

『どこでもないところからの眺め』 春秋社

 

トマス・ネーゲル(1937-)の『どこでもないところからの眺め』を読了しました。論文「コウモリであるとはどのようなことか」がつとに有名なアメリカ哲学界の重鎮のひとりですが、本書はコウモリ論文のいわば詳述編とでもいえるような、「主観」と「客観」という古典的な問題を巡る生きた思索を展開した書籍であるといえます。

 

問題の在り処を明らかにするための著述を省略することができないため、どうしても冗長になってしまう部分はあると思うのですが、認識論、存在論、自由、価値、倫理の問題など、広範にわたる哲学的トピックについて鋭い考察が行われています。私たちを中心としない世界のなかで他ならぬ私たちの居場所を求めるという問題意識は、やはり哲学的な思索の原点と言えるのではないかと思うわけですが、そこに正面から切り込む潔さというものを強く感じる読書体験でした。

 

【満足度】★★★★☆

コルタサル『秘密の武器』

コルタサル 木村榮一

『秘密の武器』 岩波文庫

 

フリオ・コルタサル(1914-1984)の『秘密の武器』を読了しました。本書は1959年に発表された短編集です。「母の手紙」、「女中勤め」、「悪魔の涎」、「追い求める男」、「秘密の武器」の5篇が収録されていますが、このうち2篇は別の短編集で読んだことがあるものでした。訳者も同じ木村榮一さんですね。

 

【満足度】★★★☆☆

ペーター・ハントケ『不安 ペナルティキックを受けるゴールキーパーの…』

ペーター・ハントケ 羽白幸雄訳

『不安 ペナルティキックを受けるゴールキーパーの…』 三修社

 

ペーター・ハントケの『不安 ペナルティキックを受けるゴールキーパーの…』を読了しました。2019年のノーベル文学賞受賞者であるペーター・ハントケが1970年に発表した作品です。かつてサッカーのゴールキーパーであった主人公のブロッホが、自身が犯した殺人事件をきっかけに、「対象を規範として見る」認知の網に囚われていく様を描いた作品です。

 

本書の解説で引用されている作者自身による解題が手掛かりとなるわけですが、私には作者の狙いが少々解りづらい部分があって、それは「言語」というものに対する眼差しにおいて根本的な相違が存在しているせいなのかもしれません。

 

【満足度】★★★☆☆