文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

マリオ・バルガス・ジョサ『マイタの物語』

マリオ・バルガス・ジョサ 寺尾隆吉訳

『マイタの物語』 水声社

 

マリオ・バルガス・ジョサ(1936-)の『マイタの物語』を読了しました。本訳書における表記にしたがって作者の名前は「バルガス=リョサ」ではなく「バルガス・ジョサ」としておきます。日本で伝統的に用いられてきた表記は前者ですが、実際の発音に近いのは後者ということなのでしょうか。

 

本書は『世界終末戦争』に続いて1984年に発表された作品で、『世界終末戦争』がそうであったように、本作においても南米における「とある実在の事件」が作品のモデルとなっています。しかし『世界終末戦争』のモデルとなったカヌードスの反乱が世界史的な出来事であるのに対して、本書のモデルとなった1958年におけるペルーでの反乱は、相対的には、いたってささやかな事件であると言わざるを得ないものです。そして、その「ささやかさ」自体を逆手に取るようにして、作者はメタフィクショナルな手法を使って本書を組み立てていきます。

 

本書は10章からなっており、その各章では、反乱の首謀者であり、トロツキー派の革命運動家であるマイタの生涯が時系列を追うかたちで描かれると同時に、その時制に紛れこむようにして、マイタに関わった人々へのインタビューを試みる(そしてそれを小説に仕立てようとしている)「私」の時制が、「マイタの時制」と意識的に混在するかたちで描かれていきます。これは作者お得意の手法なのですが、本書においては特に、インタビュアーである「私」が歴史家ではなく小説家を自認し、対象となる史実との間に意図的な距離感(さらに言えば作為)を肯定する存在であることからして、「マイタの時制」の身分(それが果たして「客観的な」事象なのか、私による創作によるものなのか)に揺らぎが生じていて、より効果的なものになっていると感じられます。技法として、かなり計算されたものになっています。訳者あとがきによれば、作者は本書を「これまで私の書いたあらゆる小説のなかで最も文学的な作品」と称しているようですが、その言葉にも納得させられるものがあります。

 

少しばかりそうしたギミックが目に付きすぎてしまうきらいがあるのですが、全体的には面白く楽しく読むことができました。

 

【満足度】★★★★☆