文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

ヘミングウェイ『武器よさらば』

ヘミングウェイ 高見浩訳

武器よさらば』 新潮文庫

 

ヘミングウェイ(1899-1961)の『武器よさらば』を読了しました。本書は1929年に発表された長編作品で、第一次世界大戦のイタリアを主な舞台として、イタリア軍に参加するアメリカ人のヘンリーと、イギリス人看護師キャサリンの恋愛が瑞々しい筆致で描かれています。戦争と愛という大文字のテーマを正面からさばいてみせるヘミングウェイの豪腕が見どころです。“Farewell to Arms”という作品タイトルも素敵です。

 

個人的には、終盤のイタリアを逃れてボートでスイスへと入国するシーンが印象に残りました。物語はアンハッピーエンドに収束するだろうという明らかな予感が消えぬ間に訪れる唐突な幕切れもヘミングウェイらしいといえば、そうなのかもしれません。

 

【満足度】★★★☆☆

乗代雄介『最高の任務』

乗代雄介

『最高の任務』 講談社

 

乗代雄介の『最高の任務』を読了しました。芥川賞候補作となった表題作のほか、「生き方の問題」という中編作品が収録されています。「生き方の問題」は、従姉弟同士の性愛という生々しいテーマを取り扱いながら、物語の核となる出来事から約1年後に書かれた書簡という形式を採用することで、対象との距離感をうまくコントロールしています。最後には現実へと接続するかたちでエンディングを迎えるエクリチュールは、その時間的な構造によって、作品に奥行きをもたらしています。

 

表題先「最高の任務」はとてもよくできた作品で、その出来の良さゆえに少し損をしてしまっているような気もします。

 

【満足度】★★★★☆

ナサニエル・ウエスト『いなごの日/クール・ミリオン』

ナサニエル・ウエスト 柴田元幸

『いなごの日/クール・ミリオン』 新潮文庫

 

ナサニエル・ウエスト(1903-1940)の『いなごの日/クール・ミリオン』を読了しました。新潮文庫から合計で10冊が刊行されている村上柴田翻訳堂の最後の一冊です。フィッツジェラルドとほぼ同年代(7歳ほど年下)の作家であるナサニエル・ウエストの長編2作品と短編2作品が収録された、ある意味では欲張りな編集になっているのですが、こうして「抱き合わせ」しないといけない事情もあるのかもしれません。

ハリウッドを舞台に描かれた「いなごの日」も面白く読むことができましたが、「クール・ミリオン」が放つ異様さは昔の劇画漫画を読むようで、良い意味でも悪い意味でも引きつけられるものがありました。巻末の柴田氏と村上氏の対談(解説セッション)で、村上氏がヘミングウェイと対照させながら時代を象徴する作家たるには至らなかったウエストを評して「居場所がない」と喝破していますが、たしかにそうなのかもしれません。

 

【満足度】★★★☆☆

ジェフリー・デイーヴァー『ゴースト・スナイパー』

ジェフリー・デイーヴァー 池田真紀子訳

『ゴースト・スナイパー』 文春文庫

 

ジェフリー・デイーヴァーの『ゴースト・スナイパー』を読了しました。四肢麻痺の科学捜査官リンカーン・ライムを主人公とするミステリー小説です。数年ほど前までは、だいたい年末に近い時期にシリーズ作品の翻訳が文庫本で出版されて、年末の休みの時期にそれを読むという習慣が何となくできていたのですが、ここ何年かはすっかり読むこともなくなっていました。古本屋で見かけて久しぶりにこのシリーズの続きに手を伸ばすことになりました。

 

本作もリーダブルな作品ではあるのですが、やはりシリーズものの宿命であるマンネリ化は避けられず、その外し方自体もどこかパターン化してしまっているような気もします。一年に一回の恒例行事のようなものとして読むのが良いのかなとあらためて思いました。

 

【満足度】★★★☆☆

ヴァージニア・ウルフ『三ギニー』

ヴァージニア・ウルフ 出淵敬子訳

『三ギニー』 みすず書房

 

ヴァージニア・ウルフ(1882-1941)の『三ギニー』を読了しました。みすず書房から刊行されている「ヴァージニア・ウルフ コレクション」の最後の一冊です。『自分だけの部屋』と同じく「女性」であることについてのウルフの思想が十分に展開された作品なのですが、本書は「どうしたら戦争を防ぐことができるか」という問いへの回答として書かれた手紙から構成されています。この問いが「誰からの問いなのか」というところから始めて論を進めるウルフの知性が際立っています。

 

タイトルにある「三ギニー」は、それぞれとある団体への寄付金として一ギニーずつ送られることになるのですが、最後の一ギニーを送る際のウルフの筆致は次のとおり。

 

ですからイギリス史の中でいまや初めて、教育ある男性の娘が右に述べたような目的のため、彼の要求に応じて自分で稼いだ一ギニーを見返りとして何かを求めることもせず、兄弟に与えることができるのです。それは怖れも、お世辞も、条件もなく与えられる自由な贈り物なのです。サー、それは文明の歴史上きわめて重要なできごとでしたので、何か祝典が必要であるように思われます。

 

鍛えられた思考のみが表現できる力強い言葉だと思います。

 

【満足度】★★★★☆

ハーラン・エリスン『世界の中心で愛を叫んだけもの』

ハーラン・エリスン 浅倉久志伊藤典夫

世界の中心で愛を叫んだけもの』 ハヤカワ文庫

 

ハーラン・エリスン(1934-2018)の『世界の中心で愛を叫んだけもの』を読了しました。ヒューゴー賞を受賞した表題作や、映画化もされたという「少年と犬」など、15の作品が収録された短編集です。私にとってSF作品は「合う」「合わない」の差異が激しいことが、これまでの読書の経験上わかっていて、本書についていえば正直なところ「合わなかった」という方に分類されてしまうのですが、極度に切り詰められた文体など、好きな人はとことん嵌る作品なのだろうと思わされました。

 

【満足度】★★★☆☆

村上春樹『パン屋再襲撃』

村上春樹

パン屋再襲撃』 文春文庫

 

村上春樹の『パン屋再襲撃』を読了しました。最初に読んだのは高校時代くらいのことだったか、詳しくは忘れてしまったのですが、久しぶりの再読となりました。収録策の初出は1985年から1986年にかけて、表題作のほか「象の消滅」など村上氏らしい作品(代表的な短編作品)や、長編『ねじまき鳥クロニクル』の原型(というよりも冒頭シーン)となった「ねじまき鳥と火曜日の女たち」などが収録されています。『ねじまき鳥クロニクル』を読み返したい気分になりました。

 

【満足度】★★★☆☆