J・M・クッツェー くぼたのぞみ訳
『モラルの話』 人文書院
J・M・クッツェー(1940-)の『モラルの話』を読了しました。2018年に刊行された本書には7編の作品が収録されており、解説を除く本文全体の長さでいえば150ページ足らずの短い作品集です。そして、タイトルにあるように作品のすべてが何らかの「モラル」を問題にした作品になっています。そしてクッツェー自身の分身であるといわれ、クッツェーがメタフィクショナルな言説を行うときの「装置」でもある登場人物エリザベス・コステロが本書のいくつかの作品には登場しています。
英語中心主義に対してささやかながらも自分自身ができることとして、英語版よりも先に日本語訳である本書を刊行するというクッツェー自身の選択にも、ある種の「モラル」に対する彼の姿勢が見て取れるのですが、本書を読んで感じたのは、コステロの口を借りたハイデガーの「死」に関する実存分析への詳細なコメントなど、クッツェーが表現したいことは既に小説という枠組みでは表現しきれないものなのではないかという印象でした。
【満足度】★★★★☆