文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

オルハン・パムク『わたしの名は赤』

オルハン・パムク 宮下遼訳

『わたしの名は赤』 ハヤカワ文庫

 

オルハン・パムク(1952-)の『わたしの名は赤』を読了しました。トルコのノーベル文学賞受賞者である著者の作品を読むのは今回が初めてです。

 

オスマン帝国時代のトルコを舞台にした作品で、テーマとなるのは「細密画」。物語の冒頭で皇帝の命で写本の装飾を行っていた細密画師が殺害され、その犯人探しのストーリーと偶像崇拝を禁ずるイスラム教における絵画としての細密画の特異な存在をめぐる思想的煩悶が展開されていきます。一読して思い出されるのはウンベルト・エーコの『薔薇の名前』なのですが、純粋にミステリとして読むのであればあちらの方がトリックの面では上回っているでしょうか。

 

一応主人公めいた人物は存在はするのですが、本書では章ごとに語りの人物が切り替わりながら多様な視点のもとで物語が進行していきます。第1章の語り手が屍(死体)であることに驚かされながら、その後も犬や金貨、あるいは「死」などが「語り手」として登場して、やがてそのことにも慣れていきます。そこには殺人犯として明示されるかたちでの語りも登場するのですが、それ以外のどの人物が本当は殺人犯なのかという点が再読するときの楽しみになるのでしょう。一方で、本書からはいわゆる主流文学らしさというものはあまり感じられなかったような気もします。そんなものを期待すること自体が時代遅れなのかもしれませんが。

 

【満足度】★★★★☆