文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

伊勢田哲治『哲学思考トレーニング』

伊勢田哲治

『哲学思考トレーニング』 ちくま新書

 

伊勢田哲治の『哲学思考トレーニング』を読了しました。本書はいわゆるクリティカルシンキングのスキルについて書かれた本なのですが、そのスキルは著者自身が専門とする哲学・科学哲学・倫理学の思考法をもとにして語られています。本書の冒頭では、「理系」と「文系」による科学研究費の獲得競争についても少し触れられていますが、文系学部の典型とみなされている哲学の「実用性」についても主張がなされています。

 

デカルトの『方法序説』に書かれた「方法」について、「諸君らは当たり前のことを書いていると思うだろうが、ここには本当にいいことが書いてある」と語っていた科学哲学の先生のことをふと思い出します。たしかにそこで学んだ知識、というよりも実践的トレーニングは仕事をする上でも役立っているように思います。あらためてそんなことが思い出された読書体験でした。

 

【満足度】★★★☆☆

ホセ・ドノソ『夜のみだらな鳥』

ホセ・ドノソ 鼓直

『夜のみだらな鳥』 水声社

 

ホセ・ドノソ(1924-1996)の『夜のみだらな鳥』を読了しました。いわゆるラテンアメリカ文学「ブーム」の作家のひとりで、近年は特に評価の高いのが、チリの作家であるホセ・ドノソです。本書はドノソの代表作で、邦訳は長い間入手しづらい状況が続いていたのですが、昨年二月頃に装いも新たに水声社から出版されました。再販を楽しみに待っていた海外文学作品というのも、私にとっては珍しい存在です。

 

人体改造による変身譚という本書のプロットがそれほどグロテスクには感じられないのは、魔術的な筆致の中で時系列も入り乱れて展開される物語が、夢とも現実ともつかないものとして読者の前に立ち現れてくるからなのでしょう。それなりに長い物語なのですが、飽きもせず少しずつ読み進めて、充実した読書体験となりました。今後、ドノソのもう一つの代表作である『別荘』を読むのも楽しみです。

  

【満足度】★★★★☆

細見和之『現代思想の冒険者たち 第15巻 アドルノ―非同一性の哲学』

細見和之

現代思想冒険者たち 第15巻 アドルノ―非同一性の哲学』 講談社

 

細見和之の『現代思想冒険者たち 第15巻 アドルノ―非同一性の哲学』を読了しました。大学時代に一度読んだような気もするのですが、今回あらためて再読に近いかたちで読み直してみました。

 

アドルノの思想については最終的によく解らないというのが正直なところですが(そうした体系的な理解を拒むこと自体にアドルノの哲学の特徴があるのかもしれませんが)、本書は彼の思想の断片について、イディッシュの歌「ドナドナ」やパウル・ツェランの試作を足掛かりとしてうまく解説しているように思います。

 

【満足度】★★★★☆

ポール・オースター、J・M・クッツェー『ヒア・アンド・ナウ 往復書簡 2008-2011』

ポール・オースターJ・M・クッツェー くぼたのぞみ・山崎暁子訳

『ヒア・アンド・ナウ 往復書簡 2008-2011』 岩波書店

 

ポール・オースターJ・M・クッツェーの間で取り交わされた書簡集である『ヒア・アンド・ナウ 往復書簡 2008-2011』を読了しました。どちらも好んで読んでいる作家なのですが、こうして日付を伴った手紙を目にすることによって、パレスチナ問題等をはじめとする時事的な状況に対する二人の作家の態度や考えを知ることができ、新たな発見があります。2011年3月11日という日本人にとって忘れがたい日付に何の言及もなかったのをいささか淋しく感じてはしまったのですが。

 

また、そうした時事的なフロー情報に対する反応がある一方で、いわばそれぞれがテーマを出し合うかたちで、本書では「友情」、「スポーツ観戦」、「携帯電話」などについてのお互いの思索が披露されています。それらも興味深く読むことができました。文学賞と縁遠いオースターが(近作の『4321』が2017年のブッカー賞候補にはなりましたが)、クッツェーの『サマータイム』のブッカー賞ノミネートを祝福する短いくだりなど、作家同士のリアルな関係性も垣間見ることができます。

 

【満足度】★★★★☆

カルロ・レーヴィ『キリストはエボリで止まった』

カルロ・レーヴィ 竹山博英訳

『キリストはエボリで止まった』 岩波文庫

 

カルロ・レーヴィ(1902-1975)の『キリストはエボリで止まった』を読了しました。イタリアの政治活動家であるレーヴィが、反ファシスト活動の末に南イタリアの僻地に流刑され過ごした日々を描いたのが本書です。

 

私はいわゆる日記(的な)文学というものを好んで読む方なのですが、残念ながら本書についてはあまり読書にのめり込むことができませんでした。読むべきタイミングが今ではなかったということなのかもしれません。非キリスト教的・非文明的世界でレーヴィが見たもの・体験したものをじっくり受け止めるために、いつかまた再読してみたいと思います。

 

【満足度】★★☆☆☆

パトリック・モディアノ『さびしい宝石』

パトリック・モディアノ 白井成雄訳

『さびしい宝石』 作品社

 

パトリック・モディアノ(1945-)の『さびしい宝石』を読了しました。原題は“La petite bijou”で直訳だと「小さな宝石」となります。モディアノはナチス占領下時代のパリ(のみ)を舞台に作品を描くことでも知られていますが、本書を一読した限りでは本作の時代背景までは読み取ることができませんでした。

 

芥川賞を受賞しそうな作品と言うと間違いなく語弊があるのでしょうが、何となくそんな印象を受けた作品でした。繊細に感情の機微が描かれて、ただどこか物足りなさが残るような読後感。

 

【満足度】★★★☆☆

信原幸弘『心の現代哲学』

信原幸弘

『心の現代哲学』 勁草書房

 

信原幸弘の『心の現代哲学』を読了しました。本書の出版は1999年で、今からちょうど20年前のこととなります。「心とはいかなるものか」という問いに対して、認知科学や脳神経科学などの成果に寄り添うかたちで語ろうとするならば、この20年間での科学の進展というのは無視できないわけで、現在の地点から本書を読むこと自体に対する「時代遅れ感」を意識しながらの読書となりました。

 

心というものの有様を問うために志向性と感覚質の自然化を試みるなかで、命題的態度や翻訳可能性、言語化可能な性質といった言語論的な分析哲学の道具立てが登場するあたりは、哲学以外の分野の人にとって疑問を感じるのではないかというのが素朴な感想として残りました。そのようにしてなされた分析が、心の「哲学」がなし得る重要な貢献なのか、あるいは単なる妄言でしかないのか、いささか自信がなくなってきます。

 

哲学がなす思索よりも、AIなどの技術的進歩の方がはるかにスピーディに進行していて、心の哲学という分野については特に、哲学の営みの意義についての疑問が沸き上がってしまうのですが、引き続き時間を見つけて最新の議論についてもフォローしていきたいと考えています。

 

【満足度】★★★☆☆