文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

W・G・ゼーバルト『アウステルリッツ』

W・G・ゼーバルト 鈴木仁子訳

アウステルリッツ』 白水社

 

W・G・ゼーバルト(1944-2001)の『アウステルリッツ』を読了しました。ずっと読んでみたいと思っていた作品なのですが、このたび新装版が刊行されることになり、嬉しい限りです。

 

本書の内容をかなり単純に要約すると、「私」がベルギーのアントワープで出会った建築史家のアウステルリッツが自身の半生について語る様を静かな筆致で描いた作品ということになります。ただ、そのナラティブと並行するかたちで本書には様々な写真や図画が挿入されていて、それらの視覚的要素がアウステルリッツの語りと一体になるかたちで何ともいえない読書体験を呼び起こします。小説ではあるのですが、エッセイとも紀行文とも取れるような不思議ではありますが魅力的な作品で、ファンが多いというのもうなずけます。

 

【満足度】★★★★☆

島本理生『リトル・バイ・リトル』

島本理生

『リトル・バイ・リトル』 講談社文庫

 

島本理生の『リトル・バイ・リトル』を読了しました。同時代の日本人作家の作品にももう少し触れておこうという意図をもって手に取った作品のひとつが本書です。家族や周囲の人々との係わり合いを、瑞々しく柔らかで繊細に描いた良い小説だと思うのですが、今の私が読んで感じ入るには(そして今の私が小説というものに対して求めているものとは)違うのかなという印象で、これは完全に読む側の問題ではあるのですが。

 

【満足度】★★★☆☆

ナボコフ『偉業』

ナボコフ 貝澤哉

『偉業』 光文社古典新訳文庫

 

ナボコフ(1899-1977)の『偉業』を読了しました。『偉業』はナボコフが1932年にロシア語で発表したいわば初期の長編作品にあたりますが、後年1972年に“Glory(栄光)”というタイトルで、ナボコフの息子ドミトリイによって英訳されています。本書はロシア語原典からの翻訳となります。

 

少年マルティンが両親の離婚によって、そして作中では明確には語られることのない政治・歴史的背景によって、各地を移動しながら過ごす青春時代と、ケンブリッジでの大学生活が牧歌的な筆致で描かれています。そして、家族や友人との微妙な関係性の中で、腰の定まらない彷徨の果てに、マルティンは彼が夢想する「偉業」への旅立ちへと姿を消していくのですが、その結末は明確に語られないままに物語は終わりを迎えます。訳者による詳細な解説が読書の手引きとなります。

 

【満足度】★★★☆☆

星新一『ようこそ地球さん』

星新一

『ようこそ地球さん』 新潮文庫

 

星新一(1926-1997)の『ようこそ地球さん』を読了しました。本書のあとがきによると、同じく新潮文庫に収められた『ボッコちゃん』が、単行本の『ようこそ地球さん』と『人造美人』からの自選短編といくつかの他の作品をあわせて収録したものであるのに対して、本書(文庫本の『ようこそ地球さん』)は『ボッコちゃん』の選から漏れた作品を集めてひとつの短編集にしたものであるとのこと。

 

言ってしまえばB面の作品集ということで、私の知っている星新一ショートショートの切れ味には程遠い作品も多いのですが、「セキストラ」など興味深い作品もありました。性的な表現を含んだ作品も散見されるところを見ると、そういう視点のもとで『ボッコちゃん』の選から外れてしまった作品もあるのかもしれません。

 

【満足度】★★★☆☆

E・フッサール『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』

E・フッサール 細谷恒夫・木田元

『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』 中公文庫

 

E・フッサール(1859-1938)の『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』を読了しました。フッサール最晩年の講義をもとに、未完の末尾に遺稿の一部を付加するかたちで刊行された作品です。自らの超越論的現象学を近世哲学史の流れの中に位置づけるというテーマのもとに、これまでの著作以上に過去の哲学思想家への言及が多く見られます。相変わらず評価の高いデカルトに加えて、ヒュームやカントあたりはそれなりに評価されているのですが、ロックについては単なる心理学者として片付けられてしまっています。

 

本書のもとになった講義や草稿が記されたのは1935年から1936年頃のことですが、先日読んだ“Language, Truth and Logic”は1935年の著作ですので、ほぼ同時期であることになります。後者が経験による検証を行うことができない命題を「形而上学」として無意味であると切って捨てるのに対して、フッサール実証主義のアプローチを「主観性」の正しい有様を捉えることのできない方法として役に立たないものであると述べます。もちろん互いに言及があるわけではないのですが、両者の哲学観は完全にすれ違ったままです。分析哲学現象学を架橋する試みはいくつかあると思うのですが、両者の間の根本的な断絶というものは確かにあって、それが何かということを見定めるには本書が良い入り口になっていると思います。

 

【満足度】★★★★☆

ドナルド・デイヴィドソン『真理と解釈』

ドナルド・デイヴィドソン 野本和幸・植木哲也・金子洋之・高橋要 訳

『真理と解釈』 勁草書房

 

ドナルド・デイヴィドソン(1917-2003)の『真理と解釈』を読了しました。デイヴィドソンは20世紀アメリカの哲学者としては最も有名な論客の一人ですが、主として彼の言語哲学に関する重要論文を集めた論文集の「抄訳」が本書になります。「真理と意味」、「根源的解釈」、「概念枠という考えそのものについて」などの有名な論考が収録されています。

 

ロジカルな語り口なのですが、なぜだか極めて解りにくいのがデイヴィドソンの論文の特徴というか、何度か読み返してみてようやく文意が取れるということが多々あります。それだけ凝縮された著述といえばそうなのでしょうが。「論争の旋風を巻き起し、反批判の砲撃を続けながら前進する意味理論の重戦車。」という帯に書かれたキャッチコピーは、デイヴィドソンの思想をうまく言い得ているような気もするのですが、印象としては何となく違うようにも思われます。

 

【満足度】★★★☆☆

ハーマン・メルヴィル『幽霊船 他一篇』

ハーマン・メルヴィル 坂下昇訳

『幽霊船 他一篇』 岩波文庫

 

ハーマン・メルヴィル(1819-1891)の『幽霊船 他一篇』を読了しました。本書には、『白鯨』の作者として知られる、19世紀を代表するアメリカの作家メルヴィルの中篇小説が二作収録されています。

 

表題作の「幽霊船」はいわゆる典型的なゴシック小説で、これはこれで楽しく読むことができましたが、やはり気になるのはもう一篇の「バートルビー」の方です。一種の不条理小説として近年でも言及されることの多い作品ですが、“I would prefer not to”(本作では「ぼく、そうしない方がいいのですが」という訳が当てられています)という台詞でもって、すべてを拒絶的な宙ぶらりんの状態においてしまうバートルビーの姿に、読者は何かを感じずにはいられません。

 

本作の「現代性」がどこまでメルヴィルによって意図されたものであったかは解らないのですが(本作の末尾で語れるバートルビーの過去に関するエピソードは余計なものに思われるのですが)、さすがメルヴィルの豪腕というところでしょうか。

 

【満足度】★★★★☆