トマス・ピンチョン 佐藤良明訳
『スロー・ラーナー』 新潮社
トマス・ピンチョンの『スロー・ラーナー』を読了しました。寡作の覆面作家ピンチョンがこれまでに発表した唯一の短編集です。「思い出せる限りでいうと」と煙に巻く言葉を枕詞にしながらも、本書に収録された作品が書かれたのは「1958年から1964年にかけてのことである」と作者自身によって語られています。初長編作品『V.』が発表されたのが1963年のことなので、いくつかの作品はそれよりも前に書かれたことになります。
そんなピンチョンの文学的原点を示唆する本書ですが、冒頭の「スモール・レイン」は(訳者による解説でも言及されていますが)、作品終盤の遺体との遭遇場面など、大江健三郎の「死者の奢り」を思わせるような、至極真っ当に文学している作品でした。「ロウ・ランド」や「シークレット・インテグレーション」など、どことなく抒情的でシンとさせるような感傷も残してくれる作品も印象に残ります。「エントロピー」まで来ると、私たちが長編作品で馴染みのあるピンチョンという感じでしょうか。
【満足度】★★★★☆