文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

カズオ・イシグロ『忘れられた巨人』

カズオ・イシグロ 土屋政雄

忘れられた巨人』 ハヤカワ文庫

 

カズオ・イシグロ(1954-)の『忘れられた巨人』を読了しました。ハードカバーで刊行された当時に読んで以来、訳7年振りの再読となりました。物語の鍵となる霧の存在感とそれがもたらす忘却の業のせいであるとは言わないのですが、私自身も物語の細部については忘れてしまっています。作者が得意とする曖昧さの中に偲ばせる毒の存在を怖れながら期待する心持ちの読書となりました。

 

初回の読書を終えたとき、私の印象に残っていたのは、霧の消滅によってもたらされた記憶の痛みだったと思うのですが、今回の読書ではその先にあるものに興味が移っていました。

 

「わたしはな、お姫様、こんなふうに思う。霧にいろいろと奪われなかったら、わたしたちの愛はこの年月をかけてこれほど強くなれていただろうか。霧のおかげで傷が癒えたのかもしれない」

 

読み返すたびに新しい発見があるというのは良書の徴だと思うのですが、本書は主人公である老夫婦の旅の道連れとなる様々な人物の群像劇としても良くできた物語になっていると思います。

 

【満足度】★★★