文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

星野智幸『夜は終わらない』

星野智幸

『夜は終わらない』 講談社文庫

 

星野智幸の『夜は終わらない』を読了しました。2015年に発表された作品で、読売文学賞を受賞しています。『千夜一夜物語』に範を取ったプロットで、結婚詐欺師である玲緒奈は死の直前に男たちに物語を語ることを促します。やがてその物語の中の登場人物までもが物語を語り始め、小説の時空は錯綜してきます。無数の物語自体に私が惹き込まれることがなかったせいか、少し物足りなさも残る読書となりました。

 

【満足度】★★★☆☆

『ラテンアメリカ五人集』

マリオ・バルガス=リョサほか 安藤哲行ほか訳

ラテンアメリカ五人集』 集英社文庫

 

ラテンアメリカ文学を代表する作家五人の作品を独自編集したのが本書『ラテンアメリカ五人集』です。ホセ・エミリオ・パチェーコ、ミゲル・アンヘル・アストゥリアスは初読となります。オクタビオ・パスについても彼の本職(?)である詩編を読むのは初めてのことで、さらにいえば長編作品はいくつか読んでいるバルガス=リョサにしても短編作品に触れるのはこれが初めてです。

 

「声」を用いた独特の構成が面白いバルガス=リョサの「子犬たち」も面白く読むことができたのですが、特に印象に残ったのはホセ・エミリオ・パチェーコの「砂漠の戦い」でした。時代の雰囲気をよく感じることができる作品です。

 

【満足度】★★★☆☆

 

マイクル・コナリー『贖罪』

マイクル・コナリー 古沢嘉通

『贖罪』 講談社文庫

 

マイクル・コナリー(1956-)の『贖罪』を読了しました。ハリー・ボッシュシリーズの第十八作目の作人です。意外な真相というものはないのですが、相変わらずのページターナーぶりを堪能できる作品です。いささか惰性で読んでしまっている部分は否定できないのですが。

 

【満足度】★★★☆☆

ウィリアム・シェイクスピア『夏の夜の夢』

ウィリアム・シェイクスピア 小田島雄志

『夏の夜の夢』 白水Uブックス

 

ウィリアム・シェイクスピア(1564-1616)の『夏の夜の夢』を読了しました。妖精パックの「ほれ薬」が巻き起こす人違いの求愛行動や、全編を通して感じられる祝祭的な雰囲気が何とも楽しい喜劇です。昔、新潮文庫の翻訳で読んだときも感じたことですが、実際に劇として演じられるとより魅力が増す作品だと思います。

 

【満足度】★★★☆☆

ドン・デリーロ『ボディ・アーティスト』

ドン・デリーロ 上岡伸雄訳

『ボディ・アーティスト』 ちくま文庫

 

ドン・デリーロ(1936-)の『ボディ・アーティスト』を読了しました。2001年に発表された作品で、文庫本の翻訳で約200ページほどの分量です。

 

タイトルとなっている「ボディ・アーティスト」とは、第一義的には主人公であるローレン・ハートケのことを指しています。本書は全部で七章から成っているのですが、第六章と第七章の間に「ボディ・アートの極限」と題されたアート評論が挿入され、そこでは自身の身体性を媒介にして世界との関係を切り結ぶローレンの「ボディ・タイム」と呼ばれるパフォーマンスが、マリエラ・チャップマンという人物によって客観的な視座から論評されます。

 

それに先立つ章では、映画監督であるローレンの夫の自殺、そして二人が暮らしていた家にいつの間にか現れた(あるいはずっと存在していた)不思議な男の姿が描かれます。

 

彼は言った。「月光を意味する単語は月光」

これを聞いて彼女は嬉しくなった。それは論理的には複雑で、奇妙に感動的であり、循環的な美と真理をもっていた――あるいは、循環的というよりも最大限に直線的なのかもしれない。

 

言語によって世界が立ち現れてくる様に触れたときに、「ボディ・アーティスト」はそれをどのように捉えるのか。まさに複雑でありながら感動的なものを、デリーロは描こうとしているようにも思われます。

 

【満足度】★★★☆☆

J・M・G・ル・クレジオ『調書』

J・M・G・ル・クレジオ 豊崎光一訳

『調書』 新潮社

 

J・M・G・ル・クレジオ(1940-)の『調書』を読了しました。1963年に発表された本書はル・クレジオのデビュー作です。『大洪水』を読んだときにも感じたことですが、若き才能がほとばしる様を見せ付けられるような鮮烈な作品です。主人公であるアダム・ポロによる世界認識・分析の様子を叙述するだけで(そこにはストーリーらしきものはほとんどないのですが)、これほどに詩的で興味深い小説に仕上げてみせる技には本当に感心させられます。

 

物質の多様性、(多くの場合は言語からなる)世界の分節化、それらの交じり合いを楽しみながらも、外形的なプロットはまったく頭に入ってきません。だからこそ、読み直したくなるという側面はあるのだと思いますが。

 

【満足度】★★★★☆

ミシェル・ウエルベック『服従』

ミシェル・ウエルベック 大塚桃訳

服従』 河出文庫

 

ミシェル・ウエルベック(1958-)の『服従』を読了しました。2015年に発表された本書は、これまでの彼の著作のどれにも増して論争(そしてある場合には実際的な暴力)の引き金になったといわれる作品ですが、その内容は穏健派のムスリムがフランス大統領になるという近未来を描いた小説です。一貫して現代社会の激動を描いてきたウエルベックにとって、真摯に現実と対峙するためには政治的なものを避けて通ることはできないわけですが、マリーヌ・ル・ペンなど実際の政治家を実名で作中に登場させる様など、これまでの彼の小説作法における方法的な「積み重ね」の集大成らしきものも垣間見えて、あらためて感心させられる部分も多かったです。

 

この文庫版の解説で佐藤優氏は、インテリ層の「服従」について語り、知識や教養の脆さというものを指摘しています。その脆さへと向けられるウエルベックの懐疑的な眼差しの強烈さが、本書を書かせたのだと言えるのかもしれません。本書で描かれていた一見すると緩やかな変化こそが実に恐ろしく感じられます。

 

【満足度】★★★☆☆