文学・会議

海外文学を中心に、読書の備忘録です。

ジョン・アーヴィング『また会う日まで』

ジョン・アーヴィング 小川高義

『また会う日まで』 新潮社

 

ジョン・アーヴィング(1942-)の『また会う日まで』を読了しました。2005年に発表されたアーヴィングの11作目の長編小説で、原題は“Until I Find You”です。父を知らずに育った主人公のジャック・バーンズは、姿を消してしまったオルガン弾きである父を追って、刺青師として生計を立てる母と共に北欧の街を転々としながら幼少時代を過ごします。様々な年上女性からの「寵愛」を受けながら成長したジャックは、やがて俳優としてハリウッドで成功しますが、親しい女性や母の死をきっかけとして、再び父親を探す旅に出ることになります。それは彼自身の記憶の正誤を確かめる旅にもなるのですが。

 

アーヴィングが敬愛する作家とえばチャールズ・ディケンズですが、年上の女性からの性的虐待や離婚した父を追い求める姿など作者自身の体験(といわれるもの)が如実にプロットに反映されている本書は、さしずめアーヴィングにとっての『デイヴィッド・コパフィールド』であると言えるのかもしれません。長い長い物語の末にたどり着くエンディングの味わいも、同作を思わせるものになっているような気がしました。

 

【満足度】★★★☆☆

中村文則『王国』

中村文則

『王国』 河出文庫

 

中村文則の『王国』を読了しました。大江健三郎賞を受賞した『掏摸』の姉妹編といわれる作品で、前作で圧倒的な存在感を放っていた木崎という人物が本書にも登場します。前作を読んだのがいつのことだったか覚えてはいないのですが、本作についてはその思弁性がやや気になってしまいました。文庫本として刊行された本書には作者による自己解題も付せられていて、親切設計ではあります。

 

【満足度】★★★☆☆

スティーヴン・ミルハウザー『三つの小さな王国』

スティーヴン・ミルハウザー 柴田元幸

『三つの小さな王国』 白水Uブックス

 

スティーヴン・ミルハウザー(1943-)の『三つの小さな王国』を読了しました。1993年に発表された本書の原題は“Little Kingdoms”で、三篇の中編作品が収録されています。「J・フランクリン・ペインの小さな王国」は新聞漫画家でありやがてはアニメーションの制作に傾倒していくことになる主人公の姿が描かれ、「王妃、小人、土牢」では中世ファンタジーを思わせる舞台設定のもとで短い断章が積み重ねられ、「展覧会のカタログ―エドマンド・ムーラッシュ(1810-46)の芸術」では、画家ムーラッシュの作品解説(展覧会のカタログ)というかたちでムーラッシュの人生が描き出されます。

 

いずれもミルハウザーらしい作品です。私自身はミルハウザーらしい作品よりは、そこから少し離れた部分に彼の作品の魅力を感じてしまうのですが。

 

【満足度】★★★☆☆

カルミネ・アバーテ『海と山のオムレツ』

カルミネ・アバーテ 関口英子訳

『海と山のオムレツ』 新潮社

 

カルミネ・アバーテ(1954-)の『海と山のオムレツ』を読了しました。イタリア南部のカラブリア州出身の作家、アバーテによる自伝的短編小説集です。いずれも著者自身が出会ってきたと思しき食が作品のモチーフとなっています。原題を直訳すると『婚礼の宴と、その他の味覚』となるようですが、邦訳のタイトルとしては作中の一篇である『海と山のオムレツ』が採られています。幸せな気分になる短編作品で、ゆっくりと一篇ずつ読むのが良いのではないでしょうか。

 

【満足度】★★★☆☆

 

アンドレイ・サプコフスキ『ウィッチャーⅠ エルフの血脈』

アンドレイ・サプコフスキ 川野靖子・天沼春樹訳

『ウィッチャーⅠ エルフの血脈』 ハヤカワ文庫

 

アンドレイ・サプコフスキの『ウィッチャーⅠ エルフの血脈』を読了しました。ポーランドの国民的作家であるというサプコフスキが著したファンタジー作品シリーズの長編第一作目が本書です。PCゲームや家庭用ゲームとしても展開されて人気を博したシリーズで、日本にもファンが多いといいます。エルフやドワーフといったファンタジー世界でお馴染みの種族や国家間の対立、剣と魔法といった定番のガジェットを用いながら、物語が紡がれていきます。ストーリーが大きく動くのは第二作目以降ということなのですが、先に上げたアイテムからなる世界観が好きな人であれば楽しめる作品なのだろうと思います。

 

【満足度】★★★☆☆

フエンテス『アルテミオ・クルスの死』

フエンテス 木村榮一

『アルテミオ・クルスの死』 岩波文庫

 

カルロス・フエンテス(1928-2012)の『アルテミオ・クルスの死』を読了しました。メキシコの作家フエンテスが1962年に発表した長編作品で、『テラ・ノストラ』や『老いぼれグリンゴ』などの作品と並んでフエンテスの代表作のひとつに数えられる小説です。

 

時制と人称を巧みに入れ替えるラテンアメリカ文学に特有の手法で、アルテミオ・クルスの生涯が重層的に綴られます。読み応えのある作品だと思いますし、『テラ・ノストラ』ほどの迫力はないものの、完成度という面ではこの作品の方が優れていると言えるのかもしれません。

 

【満足度】★★★★☆

 

モーパッサン『わたしたちの心』

モーパッサン 笠間直穂子訳

『わたしたちの心』 岩波文庫

 

モーパッサン(1850-1893)の『わたしたちの心』を読了しました。生涯で六編の長編作品を発表したモーパッサンですが、その最後の作品にあたるのが本書『わたしたちの心』です。訳者による解説でモーパッサンミソジニー的であると評する文章を読んで、彼の作品に現れる酷薄さを思い返して腹に落ちるところがあったのですが、本書においては女性により振り回される男性の姿が描かれています。もちろん男の方にも身勝手さはあって、それほど単純な話ではないこともたしかなのですが。

 

【満足度】★★★☆☆